堕天の射手(三)

 山道入り口にセイヤの姿は見えない。何処かの木に隠れたのだろう。その上で管理人が弓を構えていた。


(何だ!?)


 管理人がつがえた矢の先が光り輝いていた。その矢を奴は真下の大樹に放った。


 グガガガォン!!


 派手な音と土煙を立てて、大樹が粉々に砕けた。まるで落雷だ。あの管理人は力を溜めることによって、いつもより威力の強い矢を撃てるようになるらしい。

 幸い砕かれた大樹はセイヤの隠れた木ではなかった。しかし余波が周囲の木々を襲い、その内の一本に潜んでいたセイヤの身体は横へ吹っ飛ばされた。


「セイヤ、立て! すぐに別の木に隠れろ!」


 牽制の矢を管理人へ放ちながら呼び掛けた。セイヤは怪我をしてしまったのか、立ち上がらず腕の力で這って動いた。駄目だ。素早く動かないと奴に討たれる。

 俺は何本も射掛けたが、管理人は全ての矢をかわしながら再び力を溜め出した。周囲もろともセイヤをバラバラにする気だ。

 奴の矢に光が集まりつつある。


「この化物!」


 女の声が響き、俺は我が目を疑った。山の中腹に居たはずのトオコが、突然木々の間から飛び出してきたのだ。


「こっちよ、アタシを撃ってごらんなさい!」


 トオコは小石を拾っては管理人へ投げつけた。いくつも。よけるまでもないと判断した管理人は、石つぶてを身体に受けながら力を溜め続けた。

 先程よりも溜める時間が長い。あの矢を放たれたら確実にセイヤと、彼の近くに居るトオコが死ぬ。


「……トオコ、逃げろ!!」


 苦しそうにセイヤが呻いた。しかしトオコはセイヤを振り返り、地面を這う彼の背中に覆い被さった。


「馬鹿野郎!!」


 俺とセイヤが同時に叫んだ。トオコはセイヤを庇って死ぬ気だ。何をやっているんだよ、あんたは。会ったばかりのよく知らない男の為にさ。

 そうこうしている間にも、管理人の準備が終わろうとしていた。奴は俺の矢の軌道を完全に読んでいて、何本射掛けても確実にけてしまう。

 駄目なのか? 目の前でセイヤとトオコを殺されてしまうのか?


 ザシュッ。


 管理人の左翼が大きく揺れた。奴の左肩に何かが突き刺さり、そのせいで射形が大きく崩れた。

 制御を失った矢は、セイヤ達からだいぶ離れた山の斜面に放たれた。


 ドゴォォォオオン!


 山は地肌の一部を剝ぎ取られて地層をあらわにした。あれがセイヤ達に当たっていたらと思うと生きた心地がしなかった。


「………………」


 管理人は左肩に突き刺さった異物を右手で引き抜いた。鮮やかな血飛沫ちしぶきが空に舞った。

 血塗られた異物……、あれは小刀か?

 管理人は抜いた小刀を投擲とうてきした人物へ投げ返した。その相手、ミズキは片手側転でかわした。


「エナミ、撃て! 今なら反撃能力が落ちているはずだ!」

「おお!」


 俺は速射した。よけられたが、確かに管理人の動作がぎこちなくなっていた。

 しかし畳み掛ける前に形勢不利を悟ったのか、管理人は俺の射程圏内の外へ逃れた。そのままこちらを見ずに別方向へ飛んでいく。撤退するつもりだろう。鎌の女といい、逃げ足はずいぶんと早いんだな。

 俺は奴を追い掛けなかった。追撃よりも、セイヤとトオコを避難させることの方を優先させたのだ。この判断は間違っていたのだろうか? 

 管理人は彼方かなたへ飛び去る前に一度、下方へ直線射撃をした。そして上昇して雲の中へ消えた。


(あの辺りには、確か……)


 俺はセイヤとトオコをミズキに任せて、管理人が射撃した地点まで走った。目で確かめて、嫌な予感は残酷な現実となった。

 肩を撃ち抜かれて倒れていた商人風の男。彼の右こめかみにもう一本矢が追加されていたのだ。


「くそっ!」


 モヤに包まれる彼の魂を前にして、自分の無力さを痛感した。二人の兵士に一人の民間人。仲間にするどころか、結局誰も助けられなかった。


 重い足取りで仲間の元へ戻った俺に、ミズキは何も聞いてこなかった。察してくれたのだ。逆に俺の方から聞いた。


「見事な投擲だった。よく狙えたな?」

「近距離型の代表である剣士の俺は、管理人のマークから完全に外されていた。何もできないとたかくくってくれたおかげで、不意を突くのは楽だったよ」


 俺自身、射手は中距離間合いを保てれば剣士に勝てると思っていたからな。追い詰められた剣士は刀を投げる場合が有るんだと、非常に勉強になった。


「あんたが管理人を止めてくれて助かったよ。小刀なんて持っていたんだ?」

「ああ。正規兵には全員支給される。瀕死の仲間にトドメを刺せるようにと」

「!…………」

「まさかそれで、仲間の命を救うことになるとは皮肉な話だな」


 確かに皮肉だ。


「でも助かった。投げてくれてありがとう」


 ミズキは頭を左右に振った。


「次はおそらく通用しない。不意打ちが効くのは一回きりだ。射手の管理人は直接攻撃が届かない分、女の管理人よりも遥かに手強いぞ」


 それは俺も痛感していた。有効なのは奴と同じ弓攻撃だが、俺の腕ではまるで歯が立たなかった。複雑な獣の動きをも追ってきたこの俺が、あいつ相手には何も出来なかった。

 悔しい、その想いで奥歯を嚙み合わせた。

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