堕天の射手(二)

 俺は腰を落として弓を斜めに構えた。遠方の敵を狙う際の姿勢だ。

 放った矢は弧を描いて管理人の元に届いた。かわされたが、二発目を撃とうとしていた奴の動きを止めることはできた。


「今のうちだ、早くこっちへ来い!」


 木の多い山道は射手にとって狙いにくい場所なんだ。ここへ逃げ込めばとりあえず身を隠せる。

 しかし商人風の男がへたり込んでしまった。すぐ近くで兵士が討たれ、恐怖で動けなくなったのだろう。もう一人の兵士が商人の服を引っ張るが、連れてくるのは無理そうだった。


「チッ。俺が囮になる。援護を頼む!」


 ミズキが草原へ走った。


「こっちだ、化物!」


 ミズキは双刀を抜いて大きく振りかざした。目立つ彼に標的を定めた管理人の矢が襲う。それを華麗な身のこなしで避けたミズキだが、そんなことをずっと続けられる訳がない。


「俺も行く。セイヤ、おまえはその木の陰から援護射撃だ。当たらなくてもいい、奴の邪魔さえできればいいんだ。とにかく撃ちまくれ!」

「りょ、了解!」


 セイヤを残して俺も草原へ走った。


 柔らかい草を踏みつけ俺は急いだ。

 矢で射抜かれた兵士の身体が、黒いモヤに包まれていた。魂が下の階層へ落ちようとしているのだ。彼はもう手遅れだが、まだ無事な兵士と商人風の男は助けたかった。

 空中の管理人へ二連射で矢を射掛けた。奴の動きを止めながら、尻餅をついている商人へ声を掛けた。


「立てっ。向こうの木の陰まで走るんだ。あそこには俺達の仲間が居る!」

「……………………」

「どうした!? 早く立て!」

「そ、その人、死んだんですか……?」


 商人は討たれた兵士から目を離せないでいた。人が殺された瞬間を見るのは初めてなのだろうか?


「そうだ。ここに居ればあんたもそうなる。死にたくなかったら立って走れ!」

「彼の言う通りだ、早く来い!」


 兵士が商人を避難場所へ引っ張ろうと頑張っているのだが、商人はかなり太っていた。

 時間を稼ぐ為に管理人へ連続で矢を撃った。だが相手の弓で楽々弾かれてしまった。こいつにも不意打ちじゃないと駄目なのか。

 逆に管理人が俺に連射して来た。二本の矢を避ける為に、俺は草原を転がった。


「こっちだ! 降りてきて俺と戦え! 空中に逃げるだけの臆病者が!!」


 ミズキが管理人の狙いを逸らせようと叫んだ。しかし刀が届かない剣士の挑発を管理人は無視した。そして奴は、商人を助けようとしている兵士へ矢を放ったのだ。


「っ…………」


 襟首を射抜かれた兵士は声を立てることもできずに、商人に寄り掛かるよう前のめりに倒れた。


「ヒイッ、ヒイィィィ!!」


 商人は兵士を両手で突き飛ばした。何てことを。その人はな、一人で逃げることもできたのに、あんたを見捨てることができずに危険地帯に踏み留まったんだぞ。


「もう嫌だ~~~っ」


 ようやく商人は立ち上がってフラフラしながらも走った。山道とは別方向、草原の先へ向かって。完全にパニック状態におちいっていた。


「そっちじゃない! 戻れ!」

「ぐひっ!?」


 追う俺の目の前で商人は肩を射抜かれた。草の上に倒れた彼は足をバタつかせた。


「……いてぇっ、いてぇっ、いてぇよぉぉ!!」


 矢が刺さったのは右肩。致命傷ではなかったことに俺は驚いた。二人の兵士は即死攻撃を受けたのに、どうして? 肥満体型で的が広くなる分、二人より狙い易いはずなのに。

 空中の管理人を見て俺はゾッとした。奴が仮面の奥で笑った気がしたのだ。

 あいつ、わざとだ。俺達全員を殺す為に、わざと足手まといになる人物を残しているんだ。

 畜生、畜生、畜生!

 俺の矢は通じない、ミズキの刀は届かない。そして要救助対象の民間人。どうやって戦えと?


 その時、一本の矢が空を飛んだ。

 絶望し掛けた俺の心の霧を晴らすかのように、美しい放物線を描いたそれは、管理人の翼をスッと掠めた。


「!?」


 黒い羽を数枚散らばせた管理人は、矢を放った人物を見た。俺と、おそらくミズキも。


「セイヤ……!」


 山道の入り口で弓を構えていたのは、まさしく幼馴染のセイヤだった。

 噓だろ。あの距離を飛ばしてきたのか? 俺は呆然としてしまった。 

 だって、セイヤに遠方射撃はまだ教えていないんだ。馬鹿力の持ち主だろうが、そんな簡単に遠くへ矢を飛ばせるはずが……。

 まさか、俺が草原に出る前に取った姿勢、あれを真似したのか!?


 セイヤは次の矢を弦につがえて、腰を落として斜め上に発射した。今度の矢は管理人から大きく外れて明後日の方向へ飛んで行ったが、素人がそこまで飛ばしただけでも凄いことなのだ。彼が長距離狙撃の素質を持っていることが判明した。


(マズイ!)


 セイヤを一人前の射手と認定したのだろうか、管理人は翼をはためかせて山道の入り口へ向かった。させるかよ。当然俺は後を追おうとしたのだが、靴が何かに引っ掛かり転びそうになった。


「行かないで! 見捨てないでくれぇ!!」


 商人が左手で俺の靴を掴んでいたのだ。


「あんたは死ぬ怪我じゃない。そこで静かにじっとしていろ!」


 半ば強引に商人の手を振り解いた。くそっ、しなくてもいいタイムロスをしてしまった。セイヤは無事か?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る