堕天の射手(一)

「ヒナタ」

「……グレイ」

豆太マメタ!」

「ポチ」

『あんこ』


 灰色狼に名前を付けよう会議が始まったのだが、ペットに付けるような名前ばかりが出た。そりゃあ見た目はでかいワンコだが、かつては人間だった訳で。しかも案内鳥まで参加していやがる。


「どの候補も捨てがたいな~。エナミはどんな名前がいいと思う?」

「もう少し賢そうで、強そうな名前が良いかな」

「あっ、そう言えばおまえヨモギ団子好きだったよな? ヨモギなんてどうだ?」


 セイヤ、おまえは人の話を聞いていたのか?


「あらイイじゃない、ヨモギ」

「……濁音だくおんが入ると強そうだ。俺の名前もそうだが」

「おだんごたべたい」

『僕のあんこからヒントを得た名前だよね』

「いやあの、仮にも人間だった相手に……」

「ヨモギは役に立つ草なんだぞ? 葉っぱを揉んで切り傷に付けると止血に使えるし、飲めば腹の調子を整えてくれる。あとな、血をサラサラにする効果も有るって言われているんだ」


 流石は農夫、野草に詳しいな。だがそう説明されると良い名前のような気がしてきた。

 俺は寝そべる狼の目を見た。


「ヨモギと呼んでも構わないか?」

「ワォン!」


 灰色狼ことヨモギは元気良く吠えて、裏返って自身の腹部を俺に見せた。犬系の動物は、信頼している相手だけに腹を見せるそうだ。あ、こいつオスだ。


「ヨモギ、おまえはランとトオコの傍に居て、何か遭ったら二人を護ってやってくれ」

「ワフッ」


 ヨモギは起き上がりラン達に近付いた。やはり人の言葉を理解しているな。


「なでていい?」


 ヨモギは腹こそ見せなかったが、ランの傍に寝そべり大人しく撫でられた。


「これでよし。ミズキ、見張り役を任せてもいいか? 俺はセイヤと弓の特訓をしたい」

「了解した」


 ミズキはさっさと監視に適したポイントへ移動した。俺とセイヤは女達に背を向けて弓の練習をすることにした。未熟なセイヤでも後ろに矢を飛ばすことは有るまい。


「まずは真正面に在る大木を狙え。胴体部分なら何処に当ててもいい」

「よ、よし。あ、でもよ、植物も誰かの魂の欠片かけらじゃないのか?」


 その可能性は失念していた。俺は鳥の方を振り返った。


「案内人、どうなんだ?」

『木や草も魂の欠片から生まれたよ。だから大ダメージを与えると木だって消滅するよ』

「……多少の傷なら、休めば治るということか?」

『うん。キミ達と一緒。それが地獄のルールなんだ。管理人達は一度死んでいるけど、地獄の統治者から仮初かりそめの命を与えられて、ここ第一階層に留まってる』

「統治者とは誰だ」

『大いなる存在。その名前は僕にも知らされていない』

「そうか」


 俺は向き直った。


「セイヤ、生きた人間だと思うと狙いにくいだろうが、こう思え。先輩達に胸を貸してもらっているんだと」

「先輩達に……?」

「そうだ。俺達より先に地獄へ落ちて、魂の一部がこぼれるほど激しく戦った先輩達だ。そんな豪胆な勇士達が、生き残りたいと足掻あがく後輩を見捨てるはずが無い」

「先輩に胸を借りる……。解ったぜ。先輩、ちょっとだけすみません!」


 セイヤが放った矢は大木の胴体に的中した。


「よし。次は右の、太い枝を狙え」

「えやっ」


 次の矢は枝をかすめて飛んでいった。


「もう一度だ」

「今度こそ!」


 三射目は枝の端に突き刺さった。これには驚いた。枝のような小さなまとに、こんなに早く当てるとは思わなかった。

 弓の経験は少ないが、腕力と集中力に優れる男だ。短時間でいっぱしの戦士に鍛え上げることができる逸材かもしれない。


「いいぞ、その調子だ! 次は……」

「エナミ、セイヤ、こちらへ来てくれ!」


 ミズキから招集が掛かった。俺とセイヤは即座に弓の練習をやめ、彼の元へ走った。


「ミズキ、どうしたんだ?」

「草原を見てみろ。三人歩いている」


 本当だ。三人は盆地に在る生者の塔に気づいていない様子で、ゆっくり草原を横断していた。そして三人のうち二人は、赤い服を着ているように見えた。


「行こう」


 俺達は声を掛ける為に山道を下った。距離が縮まるにつれて二人の赤い服は桜里オウリの軍服だと判った。残る一人は商人風の装いだ。全員男で、商人は兵士達に保護されたのだろう。

 彼らが仲間になってくれたら一気に戦力を上げられる。今日中に生者の塔攻略が叶うかもしれない。


『行かない方がいい』


 何故か案内鳥が飛んできて水を差した。もう少しで山道が終わる地点だった。


「何故? 彼らは同じ桜里オウリの人間だ」

『彼らが問題なんじゃない。彼らに近付こうとする者が問題なんだ』


 それだけ言うと鳥は、ラン達が残る山の中腹へ戻った。

 彼らに近付こうとする者? 俺達のことか? どうして俺達が問題なんだよ?

 ここまで考えて、俺はもう一つの可能性を思い出した。すぐに空へ目をこらした。


「ミズキ、セイヤ、止まれ!!」


 上空に奴の影が見えた。魂を刈り取る者、管理人だ。


「管理人だ! 狙われているぞ!!」


 俺が出せる最大限の声量で草原の彼らに叫んだ。三人はえっ、という顔でこちらを振り返った。


「こっちへ来い! そこでは丸見えだ!!」


 三人は突然声を掛けられたことで混乱したのか、互いに顔を見合わせて何やら話している。


「空! 奴が来ている! 急げ!!」


 ここでようやく三人は空を見上げて管理人を確認した。そして逃げようとしたが遅かった。

 兵士の一人がその場に倒れた。空から矢で射抜かれたのだ。

 そう。飛来した管理人は男の射手しゃしゅだった。

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