新しい出会い(三)

「それで、アタシ達はこれからどうするのかしら? 食糧を集める? それとも生者の塔ってやつを探すの?」


 気持ちの切り替えが早いな。村で年の近い女達は動く度に文句を言うタイプばかりだったので、さっぱりしているトオコの態度に好感が持てた。


「どちらも必要無い。この世界では飲み食いしなくても活動できるし、生者の塔らしきものも見つけた」

「へぇ、食べなくてもいいんだ」

「ただな、塔の前にスゲェ強そうな敵が居るんだってさ。そいつを倒す為にもっと兵士を増やそうと、ここから人が来ないか見てるんだ」


 俺とセイヤの説明を聞いて、トオコは山道から下を見渡した。


「今居るここって山だったのね」

「トオコさんが俺達のすぐ近くに落ちてくれて良かったよ! 別の場所だったら誰とも合流できずに、独りで地獄を彷徨さまようことになってたかもしれないんだ」

「それはかなり嫌ね。アタシはラッキーだったみたいね」


 そう言えば……。森で討たれた俺達兵士は、乾いた土地エリアがスタート地点だった。自分の家で寝ていたトオコはこの山。

 現世と地獄が連動しているのなら、同じ末比マツビ出身のランの魂もこの辺りに落ちたのだろうか? 出会った湿地帯からはずいぶん離れている。あそこまで子供独りで歩いてきたのか?


「それでね、トオコさん」

「トオコでいいわよ」

「ト、トオコ……。キミにはこの子の面倒を見てもらいたいんだ」


 セイヤは後ろに隠れるランをトオコに引き合わせた。先程と変わらずランの表情は固い。

 トオコは身体を屈めてランの目線まで顔を下げた。そして明るい声で聞いた。


「知らないお姉ちゃんと一緒だけど、いいかな?」


 その瞬間、ランの表情がパアッと輝いた。彼女は満面の笑みで答えた。


「うん! よろしくね、トーコおねえちゃん!」


 なんだ、軽い人見知りをしていただけか。トオコがランを見てくれるのは助かる。これで思う存分セイヤを鍛えられる。


「それでそこの狼は何なの? 大きさから見て犬じゃないよね?」

「あ」


 忘れていた。地面に寝そべってこちらを見る灰色狼。こいつのことを案内鳥に聞いておかないと。


「おい、鳥」

『鳥?』

「……案内人、この狼は何なんだ? ずっと付いてくるんだが」

『鳥とは僕のことかサノバビッチ』

「失言だった、すまない。異国の言葉で罵倒ばとうしないでくれ。それで、この狼はどうして付いてくるんだ?」

『キミのことを気に入ったんだろ』


 案内鳥は当然のことのように言った。


「俺を? 何でだよ?」

『初めて会った昨日の夜、キミはそのコを殺そうとしなかっただろ? だからだよ』


 鳥はそんなことまでお見通しなのか。


『この世界には飢えが無い。だから獣は人を襲わない。それなのに人間達は、狼は危険な生き物だという先入観を持って、彼らを狩ろうとするんだよ。キミはしなかったけど』

「だからこいつは、俺に興味を持ったのか?」

『そうなんだろうね。しかもキミ今朝、州央スオウの兵士にトドメを刺さずに説得して逃がそうとしただろう? そこも評価されたみたいだね。だから狼はキミに協力したんだよ』


 協力? あの時狼が吠えて兵士を威嚇いかくしたのは、俺の意思をんでの行動だったのか? やはり助けてくれたんだ。

 俺は狼の方を見て尋ねた。


「そうなのか……?」


 狼は尻尾をパタパタ振った。喋られなくとも人の言葉を理解しているようだ。


「すげえっ! エナミの優しさがそいつをここへ招いたんだな!」

「おにいちゃんすごいー」


 良い感じにまとめないでくれ。


「そもそも、こいつはいったい何者なんだ? 獣の魂も地獄に落ちるのか?」

『いいや、そのコはここで生まれた。元々は人の魂の欠片かけらだよ』

「人の……?」

『強い魂同士が激しくぶつかり合うと、まれに魂の一部がこぼれ落ちるんだ。その欠片はもう本体に戻れない。虫や獣に姿を変えて、新しい生物としてこの世界で生きるんだよ』

「魂が零れるって……、欠損した魂は大丈夫なのか!?」

『大丈夫じゃないよ。それ相応のダメージを受ける。あんまり大きく割れると本人が死んじゃうから気をつけてね』


 軽い口調で重い話をするなよ。気をつけなくちゃならないことがまた増えた。でも戦いになったら本気で行かなきゃだ駄目だよな? どうやって気をつけるんだよ馬鹿鳥。


「クゥン……」


 狼が俺の手の平をペロペロ舐めた。気遣ってくれるのか? 鳥と違ってイイ奴だな。


「こいつに人だった頃の記憶は残っているのか?」

『いいや。別の姿に転生した時点で、記憶は洗われてまっさらになる。本体は本体、そのコはそのコとして、それぞれの道を歩んで行くんだ』


 激しい魂のぶつかり合い。灰色狼の本体だった人間は、おそらく管理人と死闘を繰り広げた勇敢な戦士だったのだろう。その者はどうなったのか。志半ばで果てたか、生者の塔で現世へ生還できたのか。

 そして思っていた通り灰色狼、おまえはこの世界で独りぼっちだったんだな。


『そんな訳だから、仲間になったそのコに名前を付けてあげるんだね』

「そうだな……」


 今回ばかりは鳥の提案に素直に従いたい気分だった。名も無き戦士へ敬意を込めて。

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