新しい出会い(二)

「噓でしょ、こんなことって……」


 自身の肌を何度も確認して驚きの声を漏らす女に、セイヤは更に二歩近付いて優しく話し掛けた。


「俺達の傷も消えたんだよ」

「アナタ達も!? いったいどうなってるのよ!? アタシ、死にかけてたはずなのよ?」

「俺達もなんだ。正確に言うと、今も死にかけてる。キミもそうだ」

「はぁ?」

「ここは、ええと、地獄の第一階層目。瀕死の魂が落ちる場所なんだ」

「地獄……」

「ああっ、でも地獄だからって悲観するなよ? 生き返るチャンスは有るからな!」


 女は頭を抱えた。


「訳解んない。頭が変になりそう」

「だいじょうぶ。とりさんがていねいにおしえてくれるから。セイヤおにいちゃんよりせつめいじょうず」


 ランが空を指差した。案内鳥が思いのほか近くまで飛んできていた。接近者を見逃すとは狩人として失格だ。


「なんだよアイツ、俺の時はなかなか来てくれなかったのに」


 セイヤが唇を尖らせた。女に説明する役目を鳥に取られたことも悔しいのだろう。

 鳥はランの近くに生えた大樹の枝にとまった。


『新入りさんの為に一応来たけどさ、こんなに人数居るんなら、僕が説明しなくてもいいんじゃない?』


 開口一番それかよ。どんだけ面倒臭がりなんだ。


「とりさん、ひさしぶり」

『ああ、ラン。困ったことは無いかい?』

「せいじゃのとうのちかくに、きょうてきいるんだって」

『あれかぁ~。確かに面倒臭い相手だよね。でも大丈夫、お兄ちゃん達が何とかしてくれるさ』


 テメェ人の気も知らずによく言うな。

 セイヤが俺の傍へ寄ってきた。


「なぁエナミ、案内人、ランにはえらく優しくねぇ?」

「ああ。完全なえこひいきだ」

「ちょっとアナタ達!!」


 女が俺達に詰め寄った。間近で揺れた巨乳にセイヤが鼻の下を伸ばした。俺もこっそり胸の谷間を覗いたことは内緒だ。死にかけているとはいえ、俺達は健康な成人男性だからな。


「何で平然としてるのよ! 鳥が、鳥が人の言葉喋ってるわぁぁ!!」


 ああ、そこからか。鳥を見るとウンザリした空気を漂わせていた。

 いちいち最初から説明するのは大変だよな。鳥が職務怠慢になるのも頷ける。全く可哀想だとは思わないけど。

 案内鳥は女にこの世界のことを説明した。とは言っても必要最低限の事柄だけ。こいつはいつもそうだ。

 喋る鳥に最初は驚いていた女だが、すぐに慣れたようで、質問を交えながら鳥の説明を聞いていた。


「……なるほどね、そういうこと。まぁ、碌な人生歩んでこなかったから納得だけど、ホントに有るのね、地獄とか極楽とかって」


 すんなりと女は厳しい現実を受け止めた。まだ若いのに、死の恐怖や生への未練が無いのだろうか?


「管理人とか心配するなよ? 俺たちが何とかするから!」


 兵士としてはまだレベル1のセイヤが大口を叩いた。


「ミズキ、頼むよ、彼女も隊に加えてやってくれ。彼女がランの面倒を見てくれたら俺の手も空く。エナミに習っていっぱい弓の練習して、戦えるように絶対なるから!」

「……俺は別に反対はしていない」


 そうだな。ミズキは民間人を保護することに異論は無いんだよな。ただ戦力が増えないことを残念がっているだけで。

 ここは俺が一肌脱いで、セイヤを鍛えて戦力アップを図るとしよう。


「ふふ、口添えありがとう。アタシの名前はトオコ。末比マツビの街で暮らしていたの」


 トオコと言う名の美女に見つめられたセイヤは顔を真っ赤にして、上ずった声で名乗り返した。


「お、俺はセイヤ。これからよろしくな。それにしても末比マツビかぁ。ラン、おまえと同じ街に住むお姉ちゃんだぞ」

「あら、その子も末比マツビ出身なの?」


 トオコは愛嬌たっぷりにランに微笑んだが、何故かランは顔を強張らせて唇を結んだ。


「ん? ランどうした? 新しい仲間のお姉ちゃんだぞ。ご挨拶しないとな」

「……ランです、よろしく」


 ランは笑ったが、それは無理に作った笑顔に見えた。不穏な空気を感じた俺は、トオコの興味をこちらに向けさせることにした。


「俺はエナミ。セイヤと同じ村の出身で狩人だ。そしてこっちが俺達の隊長だ」

「………………」


 ミズキが自己紹介しないので、俺がついでに彼の分もすることになった。


「隊長のミズキ。凄腕の剣士で、この中では最年長の十九歳だ」

「あら、アタシと同い年じゃない」


 トオコも十九か。大人びているな。俺やセイヤも、あと二年経てば大人の貫録を持てるのだろうか?


「それにしてもアナタ、綺麗な顔をしているのね。女でもアナタみたいな美人はそう居ないわよ」


 トオコはミズキに近寄って顔を覗き込んだ。動く度におっぱいが揺れる。トモハルの前髪は鬱陶うっとうしいが、トオコの場合は目の保養になる。


「おい、女は俺に近付くな!」

「はい?」


 ミズキは右手を前に出してトオコの接近を止めた。


「女は苦手なんだ……」


 照れではなく、本当に嫌そうだ。その様子を見たセイヤがあからさまに嬉しそうな顔をした。強力なライバルが減ったとか考えているのだろう。


「ふふ、了解よ隊長さん」


 トオコはさして気にしていない様子で彼から離れた。

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