新しい出会い(一)

 山道をある程度登った所に俺達は陣取っていた。既に三時間は経過している。時計は無いが、太陽が真上から少し西側へずれたことから、おおよその時間が推測できた。

 俺とミズキが崖側に生える木に身を潜め、セイヤとランは土壁に寄り掛かるように座っていた。

 灰色狼は更に距離を縮めて、俺からほんの一メートル離れた所で穴を掘って遊んでいた。気にしたら負けだ。


「エナミ~、誰か来た~?」

「いや、誰の姿も見えないな」

「そっか、長期戦になるのかな」


 それは避けたい。そもそも、心配しているタイムリミットはもう来ていておかしくないのだ。

 地獄に落ちてから余裕で丸一日は経っているはずだ。現世の時間に直すと三十分近い。

 腹を斬られた俺の身体が三十分も生き続けられるとは思えない。まさか数少ない軍医が、下級兵士の治療を優先的に行ってくれたとでも?


「セイヤ、身体の調子はどうだ?」

「どうって?」

「背中が痛いとか」

「ああ、前髪プルンに斬られた傷のことか?」


 前髪プルンとは聞くまでもなく、御堂ミドウトモハルのことだろう。長い前髪をプルンプルン揺らしていたからな。


「全く痛まないぜ! ここへ来てから傷がすっかり消えちまったんだ。おまえもそうじゃねーの?」

「そうだな。何とも無いならいい」


 セイヤにもタイムリミットの異変は起きていないか。現世の俺達の身体はどうなっているのだろう?


「おにいちゃん、キラキラ」

「ん?」

「おそらからキラキラふってくる。キレイね」


 ランが空に向かって手を伸ばしていた。見ると、山道のもう少し上の方へ向かって、光の玉が落ちるところだった。


「あれ、魂だぜ!」


 セイヤが大声で言った。


「ミズキが落ちてきた時もあんな感じだったんだ!」


 それを聞いて俺とミズキは即、光の玉を追った。苦労せずに仲間を得られるかもしれない。セイヤ達は少し遅れて付いてきた。


桜里オウリの人間ならいいな」

州央スオウの兵なら乾いた土地エリアに魂を落とすはずだ。異国から来た旅の行商人の可能性も有るが、十中八九こちら側の人間だろう。論点となるのは、戦える人間かどうかだ」


 光の玉は遠くない場所に落ちたので、追い付くのに苦労はしなかった。

 玉は地面に触れた瞬間いっそう輝きを増した。

 そして徐々に人の形へと変貌していったのだ。


「おお……」


 初めて見たが、なかなかに神秘的な光景だった。

 光り輝く赤ん坊のようなシルエットが大きくなっていき、すらりとした手足が伸びた。完全に人の姿ができあがると明るさが薄れていった。


「……女か」


 光が消えた後、地面には若い女が横たわっていた。

 腰回りは細いが胸と臀部でんぶが大きい、肉感的な人物だ。

 長い髪は波うち、身に着けている服は紫の原色で胸元が大きく開いていた。酒屋で働く女給、もしくは娼婦。男を接待する職に就く女だと思った。


「んん……」


 女の唇が艶めかしく動いた。目覚めるのだ。

 彼女は手の平で数回自分の頬をペタペタ触って、それからまぶたを開けた。


「うわ、すっげぇイイ女」


 少し離れた場所からセイヤの大き過ぎる呟きが聞こえた。

 俺はガキの頃に都会の街で、彼女のような女を何度も見ているから特別な感情を持たないが、ずっと狭い村で暮らしてきたセイヤには刺激的な存在だろう。

 だが声に出すな。ランの教育上よろしくない。

 ミズキは……、うわぁ凄い仏頂面だ。明らかに女が戦士タイプでなかったので不機嫌になったようだ。まだ判らないぞ、娼婦に扮した工作員かもしれない。それはそれで厄介か。


 女は起き抜けのトロンとした瞳で俺達を見た。色っぽい。ぐるりと見渡してから当然の質問をしてきた。


「アナタ達……、誰?」

「俺達はオウ……」

桜里オウリの兵隊だよ! この子は違うけど!」


 セイヤがミズキの台詞を奪って発言した。奴は艶やかな女を前にして完全に舞い上がっていた。


「兵隊さん? どうして? それにここは何処? アタシは自分の家の布団で寝てたはずよ……」

「混乱するよな、でも落ち着いて! 今から一つずつ、ゆっくり説明するからな!!」


 まずはおまえが落ち着け。セイヤの大声を頭から浴びせられたランが、上目遣いで抗議していることに気づけ。


「アタシは……、アタシ……。!?  キャアァァァァッ!!」


 突然女は悲鳴を上げて縮こまった。


「どうした!?」

「何で包帯取ったのよ!?」

「え?」

「アタシを見ないで! 見ないでよッ」


 頭を抱えて震える女にセイヤが近付いた。足音を聞いた女が半狂乱に叫んだ。


「やめて、こっちに来ないで! アタシを見ないで!!」

「どうして?」

「醜いからよッ! 見られたくないのよ!」


 セイヤは困惑した表情でもう一度尋ねた。


「どうして? キミはとても綺麗なのに」

「……………………え?」


 女は顔を上げてセイヤを見た。それから自分の手足を見た。


「…………痕が、無い」


 起きた時にやったように、両手の平で顔を触った。


「消えてる。どうして? アタシの肌、何処も変じゃない?」

「綺麗だよ」


 セイヤはもう一度言った。村では女の話はしても直接褒めるなんてできない純情な男だったのに。

 この積極性……、まさか一目惚れしたのか?

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