塔の守護者

 草原から高台へ進んだ。

 草がまばらとなり、ゴツコツとした、剥き出しの茶色い地肌が特徴のエリアだ。

 点在している岩に潜めば横からの攻撃は防げるだろうが、空からの強襲には弱そうだ。


「セイヤ、できるだけ縮こまって小さくなれるか?」

「おう、頑張るぞ」

「ランもがんばるー」


 今はまだ岩から伸びた影が二人を隠してくれているが、正午、太陽が真上に行ったら隠れる場所が無くなりそうだ。

 俺とミズキは早足で盆地の偵察へ向かった。当たり前のように灰色狼が付いてきた。


「エナミ、あの狼はおまえを気にしている」

「そんな感じだな。どうしてだか判らないが」

「心当たりが無いのか?」

「全く。ああ、もうすぐ盆地だ。近付き過ぎると危険だから、この辺りで様子を見よう」


 俺はミズキに提案し、二人で地面に伏せて盆地を見渡した。

 高台から続く盆地の中央に、白い優美な塔が築かれていた。山から見た時よりも、当然だが近い分ハッキリ見えた。

 あれが生者の塔に間違い無いだろう。そう言い切れた。何故なら塔の前には番人が居たのだ。

 そいつを見た瞬間、俺は心臓を鷲掴みされたような息苦しさに襲われた。 


「……とんでもない奴が居たもんだな」


 番人は長い槍を手に持ち、腰に二本の鎌がクロスされた変わった武器を携帯し、仮面で顔を覆い、大きな翼を生やしていた。管理人の最後の一人だろう。

 異様なのはその下半身。腰から下が漆黒の馬の脚に変貌していたのだ。かつて目にした異国の絵本に登場した、半人半獣の神に良く似ていた。

 異形の管理人はまだこちらに気づいていない。殺気を放っていない。それなのに威圧感だけで俺の身体を小刻みに震わせた。


「あんなのとどうやって戦うんだよ?」

「騎馬兵だと思え」

「ミズキは騎馬兵との戦闘経験が有るのか?」

「……訓練では、何度か。実戦では無い。俺もカザシロの戦いが初陣だった」

「そうなのか!?」


 意外だった。あの強さと落ち着き振りには、いくつもの戦場を渡り歩いてきたような貫禄が有る。


「ええと……、ミズキって今いくつ?」

「戦略に必要なことか?」

「いや、ただの興味。ちなみに俺は十七だ」

「……今年の五月に十九になった」


 なんと。俺とセイヤのたった二つ上だったのか。てっきり二十代とばかり思っていた。

 ミズキが話を戻した。 


「あいつを何とかしないと塔には入られないな」


 試しに少しちょっかいを掛けてみる、それが通用する相手じゃない。視界に入った者全てを本気で殺しにくる奴らだ。

 騎馬と言えば州央スオウ十八番おはこだったな。イサハヤ殿が居れば、人馬一体攻撃の弱点を教えてもらえたかもしれない。


「正直、俺達だけでは勝てる気がしない。鎌の女ですら三人掛かりでやっとだったのに、あいつは更に強そうだ。いや絶対に強い」


 情けない感想を述べてしまったが、狩人の俺には何となく判るのだ。まとった空気によって相手の強さが。

 全身が総毛立って心臓が大きな音で鳴っている。ミズキと軽口を交わして何とか平静さを装っているが、本心では一秒でも早くここから遠ざかりたかった。

 全ての管理人を見てきたミズキも頷いた。


「ああ、奴は強い。鎌の女よりも、射手の男よりも」


 それでもランとセイヤを逃がす方法は有った。

 簡単なことだ、俺とミズキが囮になれば良いのだ。勝てはしなくても、ランとセイヤが塔に入るまでの時間稼ぎはできるだろう。その後に俺達は確実に殺されるだろうが。

 俺は別にそれでも良かった。だがセイヤは決して俺を許さないだろうし、ミズキにも付き合わせる訳にはいかなかった。

 ミズキは将来、桜里オウリになくてはならない軍人に成長する予感がした。ここで失ったら国家にとって大きな損失となる。州央スオウとの戦争は続いているのだ。


「一旦引こう。今はまだ塔を攻略する段階にない」

「そのようだ」


 偵察をやめて振り返ると、狼が俺達の真似をして地面に伏せていた。だから何なんだよおまえ。手を差し出したらお手をしそうだ。

 気にしたら負けだ。俺達を待つランとセイヤの元へ急いだ。


「おかえりなさい!」

「エナミ、どうだった?」

「前途多難だ。強敵が塔の前で待ち構えていやがる」

「そっか……」

「とりあえずここは離れよう。じきに岩の影が無くなる」


 かと言って草原にも隠れ場所はない。どうしたものか。

 ミズキが言った。


「一晩過ごした山へ戻ろう」

「確かにここら辺ではあそこが一番安全そうだが、登るのが手間だぞ?」


 連日の登山は幼いランの魂にストレスを与えそうだ。


「頂上まで登る必要は無い。ある程度の高さと、身体を隠してくれる木が欲しいんだ。遠くを見渡せれば、桜里オウリの兵士と合流し易い」

「ああ、なるほど!」


 ミズキは戦える仲間を増やそうとしていた。そしてこの世界へ落ちた人間は皆、生者の塔を目指して動く。山から塔の方面を監視して、誰かが訪れたら勧誘しようと言っているのだ。

 あの州央スオウの兵士は別として、たいていの人間はこの世界で独りで居ることに不安を感じていたり、戦力の低さを嘆いているはずだ。声を掛ければ喜んで仲間になってくれるだろう。

 気掛かりは仲間集めには時間がかかるという点だ。目的達成までに現世の肉体がつのか不安だが、現状の戦力で塔の管理人に挑んでもどうせ死ぬ。それならまだ生き残るチャンスが有る仲間集めをした方が良いと思う。急がば回れだ。


「賛成だ」

「え、どういうこと?」


 セイヤに解るように説明した。


「仲間を増やして、万全の体制で生者の塔に挑むんだよ。戦争中だから沢山の魂がこの世界に落ちてきている。だから絶対、俺達以外にも桜里オウリの仲間がいるはずなんだ」

「その人達と協力するってことか! いい考えだと思うぞ!」


 セイヤも賛同した。後は無事な桜里オウリ兵と、できるだけ早く出会えることを願うばかりだ。どうかここへ来るまでに管理人に仕留められませんように。


「決まりだな。山へ向かうぞ」


 俺達は山の中腹から周囲を見渡して、仲間となる人物を捜すことにした。

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