狂戦士と狼(三)

 ミズキはピンときていないようだった。凄腕の剣士である彼は戦場で多くの敵を討ち取ったのだろう。該当者が大勢居るのだ。

 その様子を見た州央スオウの兵士は憎々しげに唾を吐いた。


「殺し過ぎて覚えてないのかよ……。くそったれが。俺はすぐに判ったぜ、あの時の兄ちゃんだってなぁ!」

「おまえ……!」

「どうせ死ぬんなら、テメーは絶対に道連れにしてやるよ。テメーの仲間もなぁ!!」

「待て、自暴自棄になるな!」


 俺は堪らず口を挟んだ。


「この世界にはおまえの仲間も来ている! 真木マキイサハヤ殿が率いているぞ!」

真木マキ……連隊長?」

「そうだ。管理人は強くて一人では敵わないが、仲間と一緒なら充分戦えるんだ。現に俺達は倒す寸前まで行った! おまえもイサハヤ殿達を捜して合流すればいい」

「誰が!」

「え……?」


 てっきりトモハルのように喜ぶかと思ったのだが、兵士は怒りが宿った瞳を俺に向けた。


「誰が俺を焼き殺そうとした奴らと合流するか!!」

「あ……」


 そうだった。森に居た州央スオウ兵達は、背後の味方に火を放たれて見捨てられたのだった。


「火を点けたのはイサハヤ殿ではないだろう。彼だって森に居たんだ、おまえと同じ被害者だ」

「うるさいっ。誰も信用できるもんか!」

「落ち着いて話を聞いてくれ。イサハヤ殿は……」

「黙れ、黙れ、黙れぇっ!!」


 甲高い声で叫んで、州央スオウ兵は武器を構えた両手を肩の高さまで上げた。かま首をもたげた蛇のように。


「死ねよ!」


 ミズキに接近した兵士の短刀は届かなかった。

 音も無く振られたミズキの長刀が光り、兵士の右手は武器を握ったまま肘から落とされたのだ。

 一瞬何が起きたのか、俺も、斬られた兵士も判っていなかった。


「……うおっ!? うおおぉぉぉぉぉお!!」


 数秒後に、兵士は絶叫した。

 切り口から血が溢れて兵士の足元へ血溜まりを造った。

 次に攻撃してきたら確実に斬る。ミズキの宣言通りになった訳だ。

 俺はセイヤ達が逃げた方向に目をやった。今の光景をランが見ていなければ良いのだが。


「さっさと止血をしろ。この世界でなら休めば助かるかもな」

「ぐっ、うぐっ……、畜生、畜生!!」


 戦闘力を大幅に削がれても、兵士は意思の強い目でこちらを睨みつけてきた。彼は残った左手で武器を構えた。まだ挑もうというのか。

 ミズキに次の刀を振るわせたくない。無表情で心の内が読めないが、ミズキだって子供のような相手を殺したくはないだろう。


「やめろ、無駄死にをするな! 頼むからもう引いてくれ!」

「うるさいっ、うるさーい!!」


 その時だった。


 ワオォォォオン!!


 置物のように鎮座していた灰色狼が吠えたのだ。

 声だけではなく、初めて殺気を放った。それは俺とミズキを素通りし、片手を失った彼へ向けられていた。


「なっ……、何だ!?」


 グルルルルと唸りながら狼は一歩を踏み出した。

 威圧された兵士は後退あとずさった。


「くそっ……。許さない、殺してやる、絶対に殺してやるからなあぁッ!」


 呪いの言葉を残して、兵士は草原を駆けていった。速い脚だな。あっという間に遠くまで行ってしまった。

 だがこれで、とうぶんあの兵士は戻ってこられないだろう。生き延びたとしても。

 狼は兵士が逃げた途端、歩みを止めてまたその場にちょこんと座った。


「おまえ、何なの?」


 問い掛けても狼と会話ができるはずがなかった。案内鳥はベラベラ喋っているが、あいつは例外中の例外なのだろう。

 それでも狼が俺達を助けてくれた事実は残った。


 ミズキは付着した血を服の裾で拭ってから刀をさやにしまった。


「……あの時のガキだったのか」


 彼の独り言に俺は気づかないフリをした。俺だって自分が討った相手について聞かれたくはない。そしてミズキはイサハヤ殿に関してしつこく言及してこなかった。

 俺は別の話題を出した。


「やはり塔の近くには管理人が居るようだな。大鎌の女か、射手の男か、それともまだ会っていない誰かなのか……」

「……行って、実際に見てみるしかないだろうな。セイヤ達には途中の高台で隠れてもらおう」


 ミズキはそれ以上喋らず、二人で逃げたセイヤとランを迎えに行った。


「エナミ、ミズキ……。大丈夫か?」

「ああ」

「セイヤおにいちゃん、くるしい」


 セイヤに抱きしめられていたランがモゾモゾ動いた。彼女はずっと視界を塞がれていたようだ。良い判断だったぞ、セイヤ。


「もうあんしん?」

「今はね。だけど行きたい所に怖い人が居るんだ」

「こわいひと、ヤダ」

「セイヤお兄ちゃんと一緒に静かに隠れていれば見付からないよ。できるかな?」

「うん。ランかくれる。セイヤおにいちゃんといっしょならだいじょうぶ」


 何とかして、この子だけでも早く現世に帰してやりたい。この世界と、いや俺達ともこの子は長く関わっちゃいけないんだ。

 先程の兵士とのやりとりで自分は軍人なのだと、人殺しなのだと改めて実感した。


「ワンちゃん、まだついてくるのね?」

「そうだね……」


 俺は後方の灰色狼を見た。歩き出した俺達に合わせて奴も歩を進めた。山道と比べて距離が縮まったような感じがするのは、はたして気のせいだろうか?

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