狂戦士と狼(二)

 俺達は昨日登った道をまた通って下山することにした。獣さえ出なければ、管理人に見つかりにくい山頂にセイヤとランを置いていけるのに。見晴らしの良い草原は危険だ。


「ラン、登りより下り道の方が危ないんだぞ。転ばないように慎重にな」

「りょうかい!」


 ランのコンディションは良いようだ。盆地まで行けそうだ。

 ミズキが俺に近付きそっとささやいてきた。


「エナミ、気づいているか?」

「……ああ」


 木々の影から灰色の狼がこちらを窺っていた。狼は何をするでもなく、ただ俺達を見ていた。


「夜中に来た奴だと思う。やはり狼だったんだな」

「殺気を感じないが」

「獣は腹が空いていない時は人を襲わないそうだから。地獄では喰わなくてもいいんだもんな」

「では何故、奴はこちらをじっと見ているんだ?」

「さあ。何でだろうな……」


 考えても解らなかった。とりあえず殺気が無いので放置することにした。


「エナミ、今日は俺が先頭、おまえがしんがりだ。前方に敵が出たら高所から容赦無く射貫け」

「了解」


 俺達は下山を開始した。

 その後をあの狼が、一定の距離を保ちながら付いてきた。セイヤよりも距離について学んでいるようだが、いったい何をしたいんだろうか?



☆☆☆



 下山は登山よりもだいぶ早く済んだ。狼はまだ付いてきている。平坦な草原でその姿は目立った。雲の切れ間から僅かに差し込む太陽の光を浴びて、銀色に体毛を輝かせていた。

 ランがチラチラ振り返って狼を気にした。


「ワンちゃんがうしろにいるよ。キレイないろね。なでていい?」

「ちょっかい出したら駄目だ。ワンちゃん、知らない相手が近付くとビックリするからな」


 ランは狼に興味津々だが、野生の獣のどう猛さを知っているセイヤは不安そうだ。


「エナミ、あいつ放っておいて大丈夫なのか?」

「今のところは襲ってくる気配が無い。何か有ったら俺が対処するから、おまえ達は歩くことに集中しろ」


 俺としても、殺意を持たない相手の命を狩りたくはない。ここでは食糧確保の必要も無いことだしな。


「ひともいる」


 そう。狼よりも注意したいのがそいつである。俺達が歩いている場所から左手側へ八十メートル、青い軍服姿の誰かが佇んでいた。

 狼同様に敵意が無ければ問題無いのだが、この距離からでは殺気の有無が掴めない。


「とりあえず進むぞ。騒いで刺激しないようにしろ」


 隠れる場所が無い草原では進むしかない。ミズキは横目で州央スオウ兵を窺いながら草原を横切って行く。

 おっかなびっくり、セイヤ達も後に続いた。

 そして……。


「セイヤ、ランと一緒にここから離れろ!」


 弓を構えながら俺は叫んだ。ミズキも双刀を抜いた。

 州央スオウ兵が猛スピードでこちらへ駆けてきたのだ。

 両手にはそれぞれ武器が握られていた。


「そこで止まれ! 目的を言え!」


 ミズキの制止を兵士は聞かなかった。

 近付くにつれて判った。刺すようなピリピリとした空気を兵士はまとっていた。殺気だ。

 俺は牽制の矢を相手の足元へ放った。まるでひるまず、州央スオウ兵は更にスピードを上げた。


 ビュンッ。

 接近した兵士は迷わず、俺の首を狙って武器を振るった。これは半月刀? 湾曲した幅広の短刀だ。

 確実に殺す気でいる。察した俺は本能で動いた。かわした後に兵士の胸を目掛けて、牽制ではない矢を速射した。


「!」


 矢は空を切った。

 嘘だろう? 至近距離、人間相手でかわされたのは初めてだった。凄い動体視力と反射神経の持ち主だ。

 ミズキが俺の前に出て、俺は少し後退した。矢をつがえる手間がかかる射手に接近戦は不利だ。


 細身の長刀を扱うミズキ。幅広の短刀を得物えものとする州央スオウ兵。

 二人の双剣使いが向かい合った。


 ミズキの斜め後ろから、俺は州央スオウ兵を観察した。

 最初の感想は、「幼い」だった。

 おそらくは俺より年若い。身体も小さく、まるで少年の見た目をしている。

 州央スオウでは桜里オウリよりも早い、十五歳成人制度を導入しているから、こいつは成人してすぐ軍に入った新兵なのだろう。

 そしてボロボロだった。軍服は破れ、そこかしこに有る小さな傷から血をにじませていた。


「武器を収めろ。これは警告だ」


 ミズキが宣言した。


「次に攻撃してきたら確実に斬る」


 兵士は歯ぎしりをした。そして、言った。


「……どうせ、死ぬんだ」

「生者の塔へ辿り着けばそうはならない。貴様も案内人から聞いただろう? あそこは現世へ通ずる道だ」

「無理だ」

「?」

「無理なんだよ、あんな化け物、倒せるもんか!!」


 兵士のボロボロの姿から俺達は推し量った。


「おまえ、一度生者の塔へ近付いたのか?」


 そしてきっと、塔の前で管理人の誰かに襲われたのだ。


「塔の近くには、どんな敵が居た?」


 俺達も近い内に塔へアタックを仕掛ける。その為には有力な情報が不可欠だった。

 しかし兵士は質問に答えてくれなかった。


「知るかよ。自分の目で確かめてくればいいさ。その前にここで俺に殺されるけどな」

「現世ならともかく、地獄で我々が殺し合う必要は無い」

「アハッ、何言ってんだよ」


 兵士がせせら笑った。


「キレーな兄ちゃん。俺はアンタに斬られてここに居るんだぜ?」

「!?…………」

「アンタは俺の仇なんだよ!」

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