地獄二日目
狂戦士と狼(一)
夜が明けた。と言っていいのか判らないが、俺が目覚めた時には周囲が明るくなっていた。
こんな状況でも眠れる己の神経の図太さと、まだ現世の肉体にタイムリミットが訪れていなかったことに安堵した。
「ミズキさんは何処だ?」
俺と同じく起き抜けで、寝ぼけるランの世話をするセイヤに尋ねた。
「あっち。遠くを見てくるってさ」
「ああ、あそこか。木と重なって見えなかった」
「エナミおにいちゃん、おはようございます」
「おはよう、ラン。今日もいっぱい歩くからな」
「ランがんばる」
「わぁっ、言ったそばから寝るな、起きろー」
戦力にならないどころか足を引っ張る二人だが、彼らを見ていると活力が湧いた。俺みたいな冷めた人間には護る対象が必要なのかもしれないな。
歩いてミズキの元まで行き、声を掛けた。
「ミズキさん」
「ミズキだ」
そうだった。敬語も敬称も要らないと言われたのだった。
「ミズキ、何か見つかったか?」
「ああ。おまえの狩人の目ならもっと良く見えるだろう。下方、二時の方角だ」
俺はミズキに言われた通りに、崖の上から下に広がる世界を見渡した。二時の方角には……。
「あっ! あれって!?」
草原を抜けた先、大地が高くなったエリアの更に先、丸く窪んだ盆地の中央に白く細長い物体が見えた。
「生者の塔なのか!?」
「だといいな」
「違ってもいいさ、とりあえず目的地ができた。あのまま草原を歩いていたら、高い土壁に隠されて見えなかった場所だ。山に登って正解だったな」
「それにしても、案外アッサリとそれらしき物が見つかったな」
「この世界はカザシロ地方とほぼ同じ広さだって案内人が言ってた。カザシロ地方は広いと言っても、端から端まで歩いて四日間くらいだから。あ、大人だけなら三日も掛からないかな」
「旅したことが有るのか?」
「うん……昔。父と一緒に」
父さんはちょくちょく休憩を挟んでくれたし、夜はもちろん宿も取ってくれた。それでも子供の足にはキツかったな。
ちなみに俺達が召集された兵団詰め所もカザシロ地方だが、俺とセイヤが生活していた村までは含まれない。
「
ミズキの疑問に対して、俺は歓迎できない答えを導き出した。
「見つけたんじゃないかな。でも、何らかの障害に阻まれて塔まで辿り着けなかった、とか」
「…………管理人か!」
ここでは障害と言えば管理人。二つでセットだ。
「あいつら一時は十人を超える大所帯になったそうだが、それでも勝てなかったのか」
「みたいだな……。管理人は三人体制らしいけど、鎌の女、射手の男、三人目はどんな奴なんだろう」
正直、俺は少しビビッてしまった。ミズキも眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。
「……今日は塔の攻略まで進めそうにないな」
「ああ。近くまで行って偵察くらいが関の山だろう」
「最低でもあと四人、戦える人間が欲しい」
四人どころか一個小隊が欲しいな。小隊は二十~二十五人の兵で編成される。そう考えるとミズキは凄いな。まだ若いのに二十人以上の部下を率いていたのか。部下の人達は無事なのだろうか。
「案内人は沢山の兵士の魂が地獄に落ちてるって言ってた。きっとその内に誰かと会えるよ」
「そうだな……」
「二人共どうしたんだ? 何か見えるん?」
俺とミズキの真面目な話し合いは、セイヤの間の抜けた声に邪魔をされた。
「生者の塔かはまだハッキリしないが、ミズキがそれらしき物を発見したんだ」
「おいエナミ、ミズキさんのこと呼び捨て!」
ずっとミズキに馴れ馴れしかったおまえが俺を注意するか。
「呼び捨てでいいんだ。俺がそう頼んだ」
セイヤは一瞬慌てたようだが、俺とミズキを交互に見て不思議そうな顔をした。
「何か二人、仲良くなってねぇ? 雰囲気がイイ感じに柔らかくなってるんだけど。俺が寝てる間に急接近したん?」
嫌な言い方をするな馬鹿。ミズキが冷静に返した。
「セイヤ、おまえにも言っておく。今後は俺に敬語、並びにさん付けは禁止だ」
「えっ、俺もミズキって呼んでいいの!? すげぇ、一気に距離が縮まった気がするぜ!」
おまえはもう少し距離間を大切にしろ。そこがこの男の良い所でも有るのだが、気難しい上官にやったら首刎ねられるからな。
「ミズキおにいちゃんも、おはようございます」
セイヤのズボンを掴むランが、目をこすりながら挨拶をした。
「……おはよう」
ミズキは素っ気無い。子供嫌いなのか、扱い方が分からないのか。
「皆起きたのなら出発するぞ」
飯も排泄もしなくて済むのは楽でいい。家族ではない小さな女の子の、オシッコに付き合わされるのは気まずいからな。
風呂にも入っていないのだが不思議と誰も匂わない。個人個人の元々の体臭は有るが、汗が発するあの独特の刺激臭がしないのだ。俺は昨日大量に汗を掻いたし、崖を転げて土が付いたはずなのに。休息によって破れた服も壊れた武器も新品同様になったからな。汚れすらも無かったことになるのか。
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