地獄で最初の夜(一)

 障害物の無い草原ではとっさに身を隠すことができないので、他のエリアよりも多くの注意を払って進んだ。

 幸い今のところ敵となる者の姿は見えない。そして残念なことに、生者の塔らしきものも見つかっていない。


「ミズキさん、どちらに進みますか?」


 草原はまだ続いていたが、右手方向に山へ続く斜面が伸びていた。このまま平坦な道を行くか、山道へ進むか、俺は判断をリーダーに任せた。


「登ってみよう。高い場所の方がより遠くまで見通せる。それに山には木が多いから身も隠せるだろう」

「そうですね」


 それが良いだろう。斜面はなだらかなのでランでも登られるだろうし、獣が出ても俺とミズキが仕留めれば済む話だ。

 管理人に比べれば猪なんざただの雑魚ザコだ。熊は……うんまぁ多少は手こずるだろうが何とかなるだろう。一番心配なのは狼だったりする。アイツらは群れで行動するから囲まれたら大変だ。知恵も高いから戦闘力の低いランとセイヤが狙われてしまう。速射で俺が撃ちまくるしかないな。


「セイヤ、山道になるからランを助けてやってくれ」

「おお任せろ。それはそうとして、なあ、何か暗くなってきてねぇか?」

「くらいー」

「雲が増えたのかな?」


 俺は空を見上げた。雲の厚さはここへ落ちた時と変わっていないように思える。だが、左側の空の隅が少し赤かった。


「あれって、夕焼けなのか……?」

「夜が来るんだろうな。完全に日が暮れるまでに、急いで山頂まで行くぞ」

「あっ、はい!」


 先頭の俺は歩を早めた。ランよ、ちゃんと付いてきてくれよ。


「やっぱ地獄にも夜って有るんだなー」

「セイヤおにいちゃん、いっしょにねようね」


 精神年齢の低い二人はお気楽だった。俺も東西南北を掴む為に太陽には動いてもらいたかったが、実際に夜を迎えるとなると厄介さに気づいた。

 俺達には火を起こす道具が無いのだ。

 空が雲に覆われているので、月明かりにも期待できないだろう。完全なる闇の中でどう行動したら良いのか。

 ランの言う通り寝るしかないのか? 時間が無いのに。


「そこ、くぼみが有るぞ。穴ボコだ。気をつけろよラン」

「くらい、くらい、どんどんくらくなるー。あしもいたーい」

「頑張れ、あとちょっとで頂上だ」


 セイヤが励ましつつ手を引いてくれたおかげで、ランは遅れることなく登頂に成功した。


「えらいぞラン。この山を制覇したな!」

「えへへ……。ちょっとだけつかれちゃった」


 しかし既に辺りはだいぶ暗くなっていた。


「ミズキさん、どうしましょう……」

「塔を探すことは諦めて、今日はもう開き直って寝るしかないな。この暗さでは何もできまい」

「そうですね。でも、獣が出るかもしれないので俺は起きています。湿地帯に居た時に大きなトカゲに遭遇したんです」

「……見張り役は必要だが、交代でやる。魂さえ元気なら傷も治るのだろう? おまえにも休息は必要だ」

「あ、はい……」

「先に仮眠を取らせてもらう。体感時間で三時間ほど経ったら起こしてくれ」

「分かりました」


 ミズキはセイヤ達にも指示を出した後、大樹の側で寝転んだ。そしてすぐに穏やかな寝息を立て始めた。テントも毛布も無い悪い条件下での野宿だというのに。正規の軍人はどんな場所でもすぐに眠られるよう、訓練されているのだろうか?

 セイヤとランも別の樹の側で、寄り添うように横になった。

 俺は細い木に寄り掛かって座った。


 四十分ほど経った頃、暗闇の中で耳を澄ます俺に近付く者が居た。


「エナミ、起きているよな……?」


 セイヤだった。彼は手探りで俺の隣へ腰掛けた。


「ランがやっと寝たよ。明るく振る舞ってるけど、やっぱりいろいろ不安みたいだ」

「そりゃ、あんな小さい子にここの環境は過酷だろうな」


 俺達は小さな声で会話した。


「おまえもちゃんと寝ておけよ?」

「俺は戦ってないから大丈夫だよ。エナミは……、管理人と戦って何も無かったか?」

「擦り傷程度ならできたが、もう治ったよ」

「そうじゃなくて……、その……」


 セイヤが何かを言い淀んだ。


「遠慮するなんてらしくないぞ。言いたいことが有るのならハッキリ言え」

「うん……。あのさ、俺はおまえをイイ奴だってちゃんと知っているからな! だから批判とかじゃないんだぞ?」

「解ったから言えって」

「おまえ……、戦いになると人が変わるからさ」

「!」

「何か、危うくて……。見ていて心配になるんだよ」


 俺は心拍数が上がるのを感じていた。


「……命を懸けた戦いなんだ、そりゃいつもとは違う風になるさ」

「そう、そうだよな。ゴメン、余計なこと言って。おまえが戦ってくれたから、俺は生きていられるのにな」

「………………」

「エナミ、絶対生きて帰ろうな。俺達の村に」


 セイヤは軽く俺の背中を叩いて、それからランの元へ戻っていった。

 俺はセイヤに言われたことを考えた。すぐに答えは出た。

 セイヤの言う通りだ。俺は戦いの最中さなか高揚感こうようかんに取り憑かれることがある。

 一方的にこちらが蹂躙じゅうりんされそうな時は流石に危機感を持つが、相手と対等に戦える時は、俺はその行為を楽しんでしまう。

 さっき管理人と遭遇した時もそうだった。ミズキが加入した辺りから、俺は命のやり取りを楽しみ始めた。管理人も元は人間だったそうだが、あれは俺にとっての狩りだった。


 どうすれば倒せる? どう動けばいい? 早くあいつの身体を矢で貫きたい。


 あの時の感情を思い出して、俺は嫌悪感で身震いした。

 俺には狂戦士の気が有るのだろうか?

 ミズキは冷静で、トモハルは必死だった。人間相手に戦いを楽しんでいたのは俺だけか……?


(大丈夫、大丈夫だ)


 今は非常時だから仕方が無いんだ。日常の生活に戻りさえすれば、あんな感覚に囚われことも無くなるさ。

 俺は無理矢理に自分を納得させた。

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