最悪な再会(三)

 ミズキの唯一の弱点はスタミナだった。細い身体は肩で息をし始め、剣技の冴えも失いつつあった。

 そんなミズキの助けとなったのがトモハルだった。手数は二刀流のミズキに及ばないものの、中腰姿勢から繰り出す一刀は重く、鋭かった。

 土壁をも砕く管理人の鎌に打ち負けていないのだ。


(あいつ、口だけじゃなかったな。やるじゃないか)


 俺の口元は自然にほころんだ。

 ああそうか、トモハルはやいばを合わせる時、相手の力が分散するように受け流しているんだ。

 難しい技をあんなにアッサリやるなんて。彼もまた相当な鍛練を積んだ剣士なのだろう。


「……………………」


 言葉は無いが、管理人の焦りを俺は感じ取った。トモハルが加わったことで、管理人は防戦一方となったのだ。

 まだ仕事に慣れない新人さん、いきなり二人の剣豪の相手とはついていなかったな。

 だかな、ここにもう一人居るんだよ。


「はいやぁっ」


 気合い充分のトモハルが踏み込んだ。彼の一撃をかわした管理人は、間髪を入れずに振られたミズキの双刀を、鎌で何とか受け止めて防いだ。

 背中がガラ空きとなった。


 ドスッ!

 小気味こきみ良い音を俺の耳は拾った。俺が放った十七本目の矢が、管理人の右の翼に突き刺さっていた。

 黒い翼から赤い血が地面にしたたった。翼への攻撃もちゃんとダメージになるようだ。


「…………!」


 管理人は傷付いた翼をはためかせ、上昇した。

 逃がすまいと俺は追撃した。二射のうちの一本の矢が、奴の太腿ふとももを貫いた。

 しかしふらつきながらも管理人は更に上昇し、刀も矢も届かない上空へその身を逃がした。


「くそっ、待て!」

「卑怯者が。降りてきて戦え!」


 あと少しだったのに。口惜しかった。二人も同じ気持ちだっただろう。

 ぎこちない飛び方で去って行く管理人を、飛べない俺達は見送るしかなった。その姿が雲に隠れるまで。


「……仕留めそこねたな」


 諦めたミズキが刀をさやに収めた。


「残念です。でも三人掛かりなら倒せると判ったことは収穫です」

「まあな。しかしそこの男は、次は共闘するつもりは無いのだろう?」


 ミズキの目線の先にはトモハルが居た。


「当たり前だ! 敵兵と二度も手を組めるか!!」

「だろうな。行くぞ、エナミ。一旦セイヤ達の元へ戻ろう」

「そうですね。きっと心配しているはずです」


 歩き出した俺とミズキの前に、トモハルが回り込んできた。しかも凄く怖い顔で睨んでいる。


「何だよ?」


 すっかり遠慮の無くなった俺はストレートに聞いた。

 トモハルはフンッと顔を背けた。長い前髪がるるんと揺れた。


「これで私に恩を売ったと思うなよ。この程度の恩、すぐに倍にして返してやるからな!」


 恩を受けたって認めているぞ。そこは素直にありがとうだろう。


「礼はイサハヤ殿に言え」

「はん?」

「俺も地獄に落ちて割とすぐに、さっきの女に襲われたんだ。死にそうなところを、イサハヤ殿が助けて下さったんだよ」

「……連隊長が?」

「ああ。だからお返しに州央スオウの兵士であるアンタを助けた。これで貸し借り無しだ。アンタが助かったのは、イサハヤ殿の善行が巡り巡ってきたからだ」

「連隊長……」


 森へ入るとすぐに、樹の陰からランとセイヤが姿を現した。そのままこちらへ駆けてくる。

 あいつらはもっと奥に居たはずなのに、草原近くまで様子を見にきていたのか。もう少し戦いが長引いていたら、いったいどうなっていたことか。


「おにいちゃんたち!」

「良かった、無事だったか!」


 ランが俺にしがみ付き、セイヤはミズキに抱き付いた。おい。嫌そうにミズキはセイヤを引きがした。


「正気か?」

「すみません、滅茶苦茶心配したんですよ。……あれ?」


 セイヤは俺とミズキの後ろに居る、第三の男の存在に気がついた。


「あ、あ、あああ~~~~~っ!!」


 セイヤは馬鹿力で俺を引っ張り寄せた。


「エナミ、気をつけろ! あいつだ、あいつが後ろに居るぞ!!」

「そのことなんだが、トモハルさんは……」

「馬鹿っ、何で弓を構えないんだ!? ミズキさん、後ろのあいつ、要注意人物です!」

「セイヤ、落ち着け」

「おまえは慌てろ!! おまえを斬ったあいつが居るんだって! 野郎、まだエナミを狙ってやがるのか!?」


 斬られたのは自分だって一緒なのに。全くこいつは。


「大丈夫だ。俺達は戦わない。だよな、トモハルさん」


 トモハルはまたフンッと顔を背けて前髪を揺らした。


「……一時休戦だ」


 そうだ、仲間の居場所を教えてやらないと。


「トモハルさん、イサハヤ殿達はあちらの方角に向かっているはずだ」


 俺は森の奥を指し示した。


「あの人達と別れたのはそんなに前じゃない。急げば追い付けるだろう」

「あちらだな!」


 トモハルはさっそく向かおうとしたが、足を止めて小さく呟いた。


「……世話になったな」


 もっと大きな声で言えよ。聞き逃すところだったじゃないか。走り去るトモハルの背中に心の中で悪態を吐いた。


「いいのか、あのまま行かせて」

「大丈夫だ」

「何が有ったんだよ?」

「なりゆきで、一緒に管理人と戦ったんだよ」

「あいつと? 嘘だろ」


 トモハルは二度と手を組まないと言っていたが、襲ってくることも無いと思った。義理堅い男だと感じた。

 だが彼がイサハヤ殿と合流すれば、俺がイサハヤ殿を討った弓兵だと伝わるだろう。


「……………………」


 きっとイサハヤ殿は俺を軽蔑する。どうしてだろう、それがとても恐ろしかった。


「おにいちゃん、げんきない。ケガした?」

「いや、大丈夫だよ」


 大丈夫。便利な言葉だな。


「それで、これからどうするんだ? ミズキさん?」

「邪魔な管理人は退かせた。草原を突っ切るなら今がチャンスだ。エナミ、目の良いおまえが先頭だ。ランとセイヤはエナミに続け。しんがりは俺が務める」

「はい」

「急ぎ足だが、全員周囲に目を配れ。塔らしき建造物を見逃すな」


 悩んでいる場合じゃない、早く塔を見つけなければ。塔を使って現世へ戻るんだ。


「ラン、ちょっと疲れるかもしれないが頑張って歩こうな」

「うん、ランがんばる!」


 早く地獄から出てしまいたかった。

 この世界ではみんな少しおかしくなっている。

 甘いんだよ、イサハヤ殿も、トモハルも、俺も。


 現世で何も考えずに、殺し合いをしていた方が気が楽だなんてな。

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