最悪な再会(三)
ミズキの唯一の弱点はスタミナだった。細い身体は肩で息をし始め、剣技の冴えも失いつつあった。
そんなミズキの助けとなったのがトモハルだった。手数は二刀流のミズキに及ばないものの、中腰姿勢から繰り出す一刀は重く、鋭かった。
土壁をも砕く管理人の鎌に打ち負けていないのだ。
(あいつ、口だけじゃなかったな。やるじゃないか)
俺の口元は自然にほころんだ。
ああそうか、トモハルは
難しい技をあんなにアッサリやるなんて。彼もまた相当な鍛練を積んだ剣士なのだろう。
「……………………」
言葉は無いが、管理人の焦りを俺は感じ取った。トモハルが加わったことで、管理人は防戦一方となったのだ。
まだ仕事に慣れない新人さん、いきなり二人の剣豪の相手とはついていなかったな。
だかな、ここにもう一人居るんだよ。
「はいやぁっ」
気合い充分のトモハルが踏み込んだ。彼の一撃をかわした管理人は、間髪を入れずに振られたミズキの双刀を、鎌で何とか受け止めて防いだ。
背中がガラ空きとなった。
ドスッ!
黒い翼から赤い血が地面に
「…………!」
管理人は傷付いた翼をはためかせ、上昇した。
逃がすまいと俺は追撃した。二射のうちの一本の矢が、奴の
しかしふらつきながらも管理人は更に上昇し、刀も矢も届かない上空へその身を逃がした。
「くそっ、待て!」
「卑怯者が。降りてきて戦え!」
あと少しだったのに。口惜しかった。二人も同じ気持ちだっただろう。
ぎこちない飛び方で去って行く管理人を、飛べない俺達は見送るしかなった。その姿が雲に隠れるまで。
「……仕留めそこねたな」
諦めたミズキが刀を
「残念です。でも三人掛かりなら倒せると判ったことは収穫です」
「まあな。しかしそこの男は、次は共闘するつもりは無いのだろう?」
ミズキの目線の先にはトモハルが居た。
「当たり前だ! 敵兵と二度も手を組めるか!!」
「だろうな。行くぞ、エナミ。一旦セイヤ達の元へ戻ろう」
「そうですね。きっと心配しているはずです」
歩き出した俺とミズキの前に、トモハルが回り込んできた。しかも凄く怖い顔で睨んでいる。
「何だよ?」
すっかり遠慮の無くなった俺はストレートに聞いた。
トモハルはフンッと顔を背けた。長い前髪がるるんと揺れた。
「これで私に恩を売ったと思うなよ。この程度の恩、すぐに倍にして返してやるからな!」
恩を受けたって認めているぞ。そこは素直にありがとうだろう。
「礼はイサハヤ殿に言え」
「はん?」
「俺も地獄に落ちて割とすぐに、さっきの女に襲われたんだ。死にそうなところを、イサハヤ殿が助けて下さったんだよ」
「……連隊長が?」
「ああ。だからお返しに
「連隊長……」
森へ入るとすぐに、樹の陰からランとセイヤが姿を現した。そのままこちらへ駆けてくる。
あいつらはもっと奥に居たはずなのに、草原近くまで様子を見にきていたのか。もう少し戦いが長引いていたら、いったいどうなっていたことか。
「おにいちゃんたち!」
「良かった、無事だったか!」
ランが俺にしがみ付き、セイヤはミズキに抱き付いた。おい。嫌そうにミズキはセイヤを引き
「正気か?」
「すみません、滅茶苦茶心配したんですよ。……あれ?」
セイヤは俺とミズキの後ろに居る、第三の男の存在に気がついた。
「あ、あ、あああ~~~~~っ!!」
セイヤは馬鹿力で俺を引っ張り寄せた。
「エナミ、気をつけろ! あいつだ、あいつが後ろに居るぞ!!」
「そのことなんだが、トモハルさんは……」
「馬鹿っ、何で弓を構えないんだ!? ミズキさん、後ろのあいつ、要注意人物です!」
「セイヤ、落ち着け」
「おまえは慌てろ!! おまえを斬ったあいつが居るんだって! 野郎、まだエナミを狙ってやがるのか!?」
斬られたのは自分だって一緒なのに。全くこいつは。
「大丈夫だ。俺達は戦わない。だよな、トモハルさん」
トモハルはまたフンッと顔を背けて前髪を揺らした。
「……一時休戦だ」
そうだ、仲間の居場所を教えてやらないと。
「トモハルさん、イサハヤ殿達はあちらの方角に向かっているはずだ」
俺は森の奥を指し示した。
「あの人達と別れたのはそんなに前じゃない。急げば追い付けるだろう」
「あちらだな!」
トモハルはさっそく向かおうとしたが、足を止めて小さく呟いた。
「……世話になったな」
もっと大きな声で言えよ。聞き逃すところだったじゃないか。走り去るトモハルの背中に心の中で悪態を吐いた。
「いいのか、あのまま行かせて」
「大丈夫だ」
「何が有ったんだよ?」
「なりゆきで、一緒に管理人と戦ったんだよ」
「あいつと? 嘘だろ」
トモハルは二度と手を組まないと言っていたが、襲ってくることも無いと思った。義理堅い男だと感じた。
だが彼がイサハヤ殿と合流すれば、俺がイサハヤ殿を討った弓兵だと伝わるだろう。
「……………………」
きっとイサハヤ殿は俺を軽蔑する。どうしてだろう、それがとても恐ろしかった。
「おにいちゃん、げんきない。ケガした?」
「いや、大丈夫だよ」
大丈夫。便利な言葉だな。
「それで、これからどうするんだ? ミズキさん?」
「邪魔な管理人は退かせた。草原を突っ切るなら今がチャンスだ。エナミ、目の良いおまえが先頭だ。ランとセイヤはエナミに続け。しんがりは俺が務める」
「はい」
「急ぎ足だが、全員周囲に目を配れ。塔らしき建造物を見逃すな」
悩んでいる場合じゃない、早く塔を見つけなければ。塔を使って現世へ戻るんだ。
「ラン、ちょっと疲れるかもしれないが頑張って歩こうな」
「うん、ランがんばる!」
早く地獄から出てしまいたかった。
この世界ではみんな少しおかしくなっている。
甘いんだよ、イサハヤ殿も、トモハルも、俺も。
現世で何も考えずに、殺し合いをしていた方が気が楽だなんてな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます