最悪な再会(二)

 お見合い状態で固まってしまった俺とトモハルへ向けて、管理人は半円を描く形で大鎌を横に振るった。


「わっ!?」

「うおっ」


 俺達はすんでの所で横っ飛びして地に伏せた。髪の毛先を刃がかすめていった。

 管理人は土下座姿勢の俺達へ、鎌をクルクル回して近づいてきた。

 俺は急いで片膝立ちをして、矢を速射した。しかし今度は簡単に鎌で弾かれてしまった。不意打ちでないと駄目なのか。

 トモハルも立ち上がって抜刀したが、攻めることができず、管理人の歩調に合わせて後退するだけだった。

 マズイな。勝機が見えない。

 このまま退がり続けると森へ入ってしまいそうだ。それはできない。あそこにはセイヤ達が居るんだ。


「トモハルさん、退がる方向を変え……」


 俺が言い終わる前に、管理人は鎌を再び横に振るった。俺達を二人同時になぎ払いたいのだろう。

 ヒュンッ。トモハルの鼻スレスレの空間を刃が通過していった。

 すべ無くやられてしまうのか?

 絶望しかけた俺の視界の隅に、赤い影が走った。


「!」


 赤い軍服を着たミズキだった。

 音も無く接近していた彼は双刀で、鎌を左に移動させたことで空いた、管理人の右半身へ斬り込んだ。

 管理人にとって青天の霹靂へきれきとなったようだ。よけたものの二、三歩よろめいた。奴が初めて見せた不様ぶざまなステップだった。


「あ……」


 しかも、管理人がまとう白い衣装の右脇部分がわずかにはだけて、赤い液体がじんわりとにじんできた。双刀のどちらか片方が、奴の肉を裂いていたのだ。

 死んだ魂でも赤い血を流すんだな。


「……………………」


 管理人は己の負傷を目で確かめた後、ミズキへ鎌を向けた。こいつにも悔しいという感情が有るのだろうか?

 そしてミズキに狙いを定めた奴は、小刻みに鎌を振り回した。

 ミズキは俺達と重なって横一列にならないように、気をつけて間合いを取っていた。更に力負けしないように、受け太刀をしない判断力も彼には有った。

 たったこれだけのことでも、ミズキが優れた剣士だと判るには充分だった。アオイとモリヤもそう思ったはずだ。


「チッ……」


 それでも一対一ではミズキに不利だ。翼以外でも、管理人の腕力とスピードは人間離れしている。生前の能力を底上げされたのだろう。

 攻めたミズキの左手の刀が鎌に弾かれて飛んだ。管理人は畳み掛けようとしたが、そうはいくか。俺は奴に矢を放ち、ミズキが刀を拾う時間を稼いだ。


 ミズキは再び双刀で管理人と対峙し、押されたら俺が矢を射掛けてフォローした。

 即席のチームだが、なかなかのコンビネーションだ。俺達の相性は良いのかもしれない。

 しかしそれでも攻め手に欠けた。ミズキの参戦で負けはしなくなったが、まだ勝てないのだ。


「何をやっている!」


 突如トモハルが吠えた。彼は不貞腐ふてくされた顔をしていた。


桜里オウリの人間が私を助けることは許さん! ふざけた真似はやめて解散しろ!!」


 はい? 解散?

 この状況で何を言っているんだ、この人。

 ふざけているのはそちらだろう。管理人の鎌が鼻先を掠めたのを忘れたか? 死ぬところだったんだぞ?


「トモハルさん、今は生き延びることが先決です。国同士のことは後回しに……」

「できるかっ! おまえは連隊長の仇だ!! そんな奴に助けられるくらいなら、私はいさぎよく死を選ぶ!」


 なら勝手に死ね、とは言えなかった。この男は嫌いだが、イサハヤ殿の大切な部下なのだ。


「トモハルさん……」

「馴れ馴れしく話し掛けるな!」


 腹が立った。俺が出会った靴職人の青年は弱かった。だが最後まで生きようと足掻あがいていた。

 死を選ぶことがいさぎよい? ならあの青年はみっともないのか?


「イサハヤ殿は生きて、この世界に居るんだぞ!!」


 俺は大声でトモハルに言い返した。もう丁寧口調はやめだ。


「何っ……、連隊長が!?」


 トモハルの目に輝きが戻りかけたが、


「嘘だ、敵の言葉を信じられるものか!」


 すぐにまた死んだ目になった。面倒臭い男だ。

 こんなことをしている間にも、ミズキと管理人の死闘は続いているというのに。


「嘘じゃない、地獄で会ったんだ。アオイさんとモリヤさんも一緒に居る。あの二人はアンタの部下なんだろう!?」


 数発矢を放ってミズキの援護をした。忙しい。 


「アオイ? ……モリヤ? 何故おまえが知っている!?」

「だから会ったんだって」

「いや、そんなはずは無い。あの二人は森へ入ってすぐに斬られて……」

「会ったって言っただろが!!」


 トモハルを説得しながらミズキの援護。俺はいっぱいいっぱいだった。

 いつまでもグチグチ言うトモハルに、堪忍袋の緒が切れた。


「アンタ、この中では一番の年長者に見えますけど?」

「そ、それがどうしたっ……」

州央スオウではガキを戦わせて、年長者は高みの見物ですかー。いい身分ですねー」

「なっ、貴様、私を愚弄ぐろうするか!」


 トモハルが顔を赤くして俺に詰め寄った。何故か管理人と戦うミズキからも冷たい視線が刺さる。ガキと一括ひとくくりにしたことを怒っているのかな?


「今戦う相手、解っているか?」


 俺は静かにトモハルに尋ねた。


「…………くっ!」


 トモハルは俺に人差し指を向けた。


「そこで見ていろ! 誇り高き州央スオウの軍人の戦いを、貴様の脳裏に焼き付けてやる!」


 宣言した彼は太刀を構えて管理人へ向き直った。

 もちろん俺も見物人でいるつもりは無い。弦に矢をつがえて狙いを定めた。

 いつものことだ。

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