最悪な再会(一)

「あかるくなってきたねー」


 セイヤと手を繋ぐランが、スキップもどきを披露した。

 空からの光を遮る樹木が少なくなってきたのだ。もうすぐ森林地帯を抜けるのだろう。

 ランは周囲が明るくなりご機嫌だが、見通しが良くなれば管理人に発見される確率が高くなる。俺は素直に歓迎できなかった。

 だからと言って、いつまでも森林地帯に留まる訳にはいかない。俺達の命の限界は刻一刻と迫ってきているのだから。


「地獄にも朝とか夜とか有るんかな?」

「ランしらなーい」


 有るといいな。太陽が動けばその位置から、東西南北を特定できるだろう。現在は方向がイマイチ掴みにくく、同じ所をグルグル回っているような感覚に囚われることが有る。


「セイヤおにいちゃんには、きょうだいいるの?」

「ああ、兄ちゃんと弟と妹が居るぞ。ランよりちょっと年上だけど気のいい奴らだ。帰ったら会わせるよ。みんなで遊ぼうな」

「ほんと!? やったー!」


 最初モジモジしていたランも、すっかりセイヤと打ち解けたようだ。

 二人の楽しそうな声を聞く俺はというと、未だにイサハヤ殿のことを引きずっていた。

 気分を変えようと目線を曇った空へ向けた。

 ん、あれは……。


「ミズキさん、上を見て下さい」


 豆粒ほどの大きさだが、遙か上空を飛ぶ何かが見えた。

 俺から知らされたミズキは双刀を抜いて警戒した。


「皆、樹の陰に身を潜めろ。エナミ、あれが何だか判るか?」


 俺は目をこらし、シルエットから推測した。


「大きな鎌らしき物を持っているので、案内人ではないですね。俺が遭遇した女管理人だと思います」

「目が良くて助かる。しかし邪魔だな。行きたかった方向へ飛んでいる」

「そうですね……」


 管理人を避けて森の中を折り返したら、別れた州央スオウの兵士達と鉢合わせてしまいそうだ。

 俺達は一緒に居るべきではないと、さっき結論付けたばかりなのに。


「エナミ、今ここであいつを倒しておくべきだと思うか?」

「……………………」


 ミズキは奴を倒してしまいたいのだろう。倒せば管理人の数が減り、今後ずいぶんと楽になる。

 俺一人では歯が立たなかった強敵だが、ミズキが居れば何とかなるかもしれない。

 倒す利点は有った。それでも俺は彼を止めた。


「女の管理人はこちらの姿が見える限り、何処までも追ってきます。こちらには保護対象のランが居るので、危険に挑むべきではないと思います」


 ランは非戦闘員。セイヤも素人に毛が生えた程度にしか弓を扱えない。現状の戦力で無理はできない。


「仕方が無いな。奴が行ってしまうまでここで待つか」


 俺達は上空の管理人を監視した。こちらの気も知らないで、奴は悠々飛んでいた。忌々しいことだ。


「……ん?」


 管理人は速度を上げ、右方向へ急進した。


「どうしたんでしょう?」


 空を凝視しながらミズキが答えた。


「新しいターゲットを見つけたんだろうさ」


 ターゲット? 今まさに、誰かが管理人に襲われるということか!?


「……様子を探って来ます」


 俺はミズキの返事を待たずに、管理人が向かった先を目指した。

 進むにつれ樹が更に減り、隠れられる場所がどんどん少なくなっていった。身体をあいつに見せないように注意しないと。

 落ち葉を踏む音がして振り返ると、ミズキが後を付いてきていた。


「ミズキさん!? あなたも来たんですか?」


 ランまで来ないだろうな。セイヤ頼む、抑えていてくれよ。


「前に集中しろ」

「は、はいっ」


 俺達は尚も進んだ。森林地帯の先は平坦な草原だった。


「ミズキさん、あそこです」


 男が一人、管理人の鎌に狙われていた。

 遠目なので顔までは判らないが、男は青い服を身に着けていた。


「……州央スオウの兵士だったか」


 州央スオウは青、我らが桜里オウリの軍服は赤布を基調に縫われている。

 男は訓練された正規の軍人のようだ。繰り出される高速の鎌を見事な体さばきでかわしていた。

 しかし鎌はその威力で大地さえもえぐった。足下の土を失った男は、態勢を崩して草原を転がった。


「ああっ……」


 男の窮地きゅうちに思わず声を漏らしてしまった。


「放っておけ。州央スオウの兵の為に命を懸ける必要は無い」


 ミズキの言っていることは正しい。助けたところで、現世に戻ればまた殺し合うことになる。

 でも、それでもイサハヤ殿は俺を助けてくれた。


「セイヤ達の元まで戻るぞ」

「は、はい。でも……」


 男は脳天を狙った一撃からは何とか逃れた。だがいつまでも避け切られるものじゃない。

 管理人と戦った俺だから解る。一対一では勝てない相手なのだ。


「……すみません」

「?」

「俺、あの兵士の助太刀に入ります」

「正気か?」

「ランとセイヤを頼みます。森の中には絶対、管理人を連れていきませんから!」


 俺は弓を構えた姿勢で駆け出した。そして一射目を放った。

 不意打ちとなった矢を管理人は鎌で弾けず、大きく身体をらせてかわした。惜しかった。


「今のうちだ! 起き上がれ!!」


 地面に手を付いていた男に声を掛けた。

 二射、三射と俺は休み無く管理人に矢を浴びせた。奴は空中で一回転して男の後方五メートルまで退いた。


「早く立て! 武器を構えるんだ!」


 俺は男のすぐ側まで近付いた。

 よろよろと立ち上がり、こちらへ顔を向けた男と目が合った。


「!?」

「!?」


 俺は一瞬金縛りにあった。相手も目を剥いて静止してしまっている。

 これは夢? 幻? そう思いたい現実に遭遇してしまった。管理人だけでも面倒臭いというのに。


「お、おま……」


 男は目の周りの筋肉をぴくつかせ、左右の長い前髪をフルフル揺らした。


「おま……」


 男は声を絞って叫んだ。


「おまえぇ!!!!」


 ああ、何てことだ。やってしまった。

 上官ミズキの忠告に従うべきだったと悟ってももう遅い。

 時間を巻き戻せるなら戻したい。


 俺が助けに向かった男は、俺を斬った男。

 州央スオウ軍中隊長、御堂ミドウトモハル。

 俺の最大の天敵だった。

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