希望と別離(五)

「待て、エナミ」


 ミズキの後に続こうとした俺を、イサハヤ殿が呼び止めた。


「あ、イサハヤ殿……。お世話になったのに、恩を仇で返す形になってしまい、申し訳有りません」

「そんなことは気にしなくていい。それよりも、キミについて気になることが有るんだ」

「何でしょう?」

「キミの射形しゃけいはとても美しいが、誰かに師事して正式に弓道を学んだことが有るのか?」


 射形しゃけい? ああ、ランに出くわした時に弓を構えて見せたっけ。


「狩人の父から教わりました」

「お父さんに……、そうか」


 それがどうしたと言うのだろう?


「エナミ、お父さんから引き継いだその技は、必ずキミを守ってくれるだろう」


 イサハヤ殿は俺の頭をポンポン撫ぜた。幼子おさなごにするように。


「イサハヤ殿?」

「気を付けて。……生きろよ」


 言って、イサハヤ殿は自分の部下の元へ戻った。

 イサハヤ殿もどうかご無事で。俺は祈らずにいられなかった。彼と過ごした数時間を思い出しながら。


「敵の将とずいぶんと仲良くなったもんだな」


 やり取りを見ていたセイヤが、率直な感想を述べた。


「どうかしているよな、スマン。でもい人なんだよ……」

「解るよ! あの人は絶対イイ人だ! 敵の兵士に協力しようとか気をつけろとか、なかなか言えるもんじゃねーよな」


 てっきり非難されると思っていたのに。やはりセイヤと居ると心が軽くなる。足取りも軽くなった気がした。

 イサハヤ殿の背中に一礼した俺は、ミズキの後を追った。


「エナミ、おまえは生者の塔らしき建造物を見たか?」


 振り返らずにミズキは、追い付いた俺に質問した。


「いえ、見ていません」

「おまえが探索したエリアを言え。同じ場所へ向かうのは無駄足になる」

「はい。地獄で最初に居たのは渇いた土地のエリアでした。それから小さな丘が並ぶエリアを抜けて、湿地エリアを通ってここまで来ました」

「渇いた土地……? 土がヒビ割れて、枯れ木が点在するエリアか?」

「そうです」

「何だよ、エナミもあそこがスタート地点だったのかよ!」


 無駄な大声でセイヤが会話に乱入してきた。


「待っててくれたら、俺達すぐに会えたのに!」

「? どういうことだ?」

「俺とミズキさんもそこに落ちたんだよ。俺が先に落ちて、二時間くらい後にミズキさんも落ちてきた」

「え、ええ!?」


 ミズキが考察した。


「カザシロ平原近くの森で戦って倒れた者は、皆おまえの言う、渇いた土地へ落ちているようだな」

「そうだったんですか!?」


 失敗した。移動せずにあそこで待っていれば、いずれセイヤの魂が落ちてきたのか。

 ああ、でも、州央スオウの兵士だって落ちてくるだろう。セイヤがミズキにだけ会えたのは凄い幸運だった。


「だけどセイヤ、おまえよく二時間も待てたな。ここで待てば誰かに会えるって、案内人が教えてくれたのか?」

「案内人ってあの黒い鳥だよな? いいや、あいつが来たのはだいぶ後だよ」

「じゃあ何で?」

「いや~俺さ、知らない場所で誰も居なくて、どうしていいか判らなかったんだよね。それで途方に暮れて、三角座りして空を眺めてた」


 物悲しいセイヤの姿が脳裏に浮かんだ。


「そしたらさ、空から小さな光の玉が落ちてきたんだ。光の玉はさ、地面に着いた途端に人に変わったんだぜ! それがミズキさんだったんだよ!」


 俺もそういう風に落ちてきたのだろうか?


「それで二人で自己紹介したり、情報交換したりしてたら、あの黒い鳥がやってきたんだ。ミズキさんと一緒に地獄について聞いたよ。鳥は二回しなくちゃならない説明が、一回で済んでラッキーって言ってた」


 鳥……。


「でもその後が大変だったんだ。俺達その時はまだタイムリミットが有るなんて知らなかったから、わりとのんびり歩いてたんだ。そうしたら管理人に襲われちまって」

「おまえも? 俺を襲ったあの女、おまえの元へも行ったのか……」

「女? 男だったよ。だよねミズキさん」


 仮にも上官に対して馴れ馴れしいぞ。しかしミズキはセイヤの軽口を気にしていないようだった。


「ああ、男の射手だった」

「ええ!? 射手? 得物は長い鎌ではなかったのですか?」

「鎌は腰に携帯していたな。長くはなかった。遠距離用と近距離用の武器を、用途に合わせて使い分けているんじゃないか?」

「俺が相手をした女は、近距離のみの攻撃でした……」


 何てことだ。男の射手は女の管理人より手強そうだ。

 そういえば、鳥曰く女の管理人はまだ新人だそうだな。管理人を長く務めるにつれ、強さのレベルも上がっていくのだろうか?


「それで俺、そいつに左肩撃ち抜かれちゃってさ」

「はい!? 大丈夫なのか!?」

「休んだから今は大丈夫。ほらな」


 セイヤはランと繋いでいない方の手を振り回した。


「ま、あと少しズレてたら心臓だったからヤバかったけど」

「おまえ……」

「でも走ることはできたからさ。ミズキさんも引っ張ってくれたし。何とかこの、樹の多いエリアまで逃げ込めたんだ」

「男の管理人は森の中まで追ってこなかったのか?」

「うん。フイッて何処かに飛んでっちまった」


 俺が遭遇した女管理人はしつこかった。管理人によって武器と性格が違うようだな。


「そして休んでたら、今度は州央スオウの兵に遭遇しちまうしさ。ミズキさんが逃がしてくれたけど」

「ミズキさん、友達がお世話になりました。ありがとうございます」

「構わん。俺はおまえ達に興味が有る」


 ん? どうして?


「エナミ、おまえは俺を知らないようだが、俺はおまえを知っている。おまえは真木マキイサハヤを討った射手だろう?」

「あ……」

「そしてセイヤ、おまえはエナミを守ろうとして斬られた兵士だろう?」

「は、はい。ミズキさん、あれを見てたんスか……?」

「ああ。乱戦だったから気づかなかっただろうが、あの時すぐ側に居たんだ。だからこそ、エナミが真木マキイサハヤと一緒に居られたことが理解できない。奴はおまえが自分の仇だと知らないのか?」

「はい……。あの方は何も知らずに、俺を管理人から助けてくれたんです」


 俺は重いこうべを垂れた。ミズキはそれ以上の追求はせず、俺達はしばらく黙々と森林地帯を歩き続けることになった。

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