希望と別離(四)

「……二人じゃなかった」


 モリヤが低い声で応じた。おや、髪と瞳の色が少し薄く見える。光の加減だろうか?


「最初は分隊長と二人だけだったけど、歩いている内に何人も仲間に出会えた。一時は十人を超えたんだ。でも……」

「モリヤ、今その話は……」


 アオイが止めようとしたが間に合わなかった。


「みんな殺されてしまった! 管理人って奴にも、桜里オウリの奴らにも!! 俺達はまだ若いからって先輩に庇われて生き残れたけど……」


 モリヤがミズキを指で差した。


「そこに居る奴もそうだ! ついさっきナオトを殺したんだ! ナオトは最年少だった。成人したばかりだったのに!」


 ミズキは平然と返した。


「先に襲い掛かってきたのはそのナオトとか言う奴の方だ。いくつだろうが、得物を人に向けた時点で返り討ちに遭う覚悟を持つべきだ」

「ナオトはもう、精神的に限界だったんだよぉ!!」


 言い返すモリヤの瞳から涙が溢れた。彼も限界なのだろう。


「俺達は何処へ行っても桜里オウリの人間に狙われるんだ。兵士だけじゃない、民間人も俺達を目のかたきにする。協力者の振りをして寝首を掻こうとした奴も居た。気を抜くと殺される、そんな生活がずっと続いていたんだよ……」


 ここはカザシロ地方の下に広がる空間。鳥が言った通り、彷徨さまよう魂のほとんどは桜里オウリの人間のものらしい。数が少なく敵国でもある州央スオウの人間は、ここでは迫害の対象となってしまうのだ。

 俺も子供の頃は、行く先々で余所者よそものとして疎外されてきたから気持ちは解る。余所者には何をしてもいいと、暴力を振るう者達すら居た。


「あの、目立つ州央スオウの軍服を脱いでみてはどうですか?」


 軍人に軍服を脱げと勧めるのは失礼かもしれないが、狙われる機会を減らすには有効だろう。下に薄手のシャツを着込んでいるのだから、防御力は落ちるが上着を脱いで隠してしまえば……。


「……無駄だよ。とっくに試した。服は脱げたし捨てられた。でもな、いつの間にかまた着てるんだよ」

「えっ?」


 アオイが補足した。


「ここではね、破れた服も壊れた武器も、身体さえ休めれば元に戻るのよ。きっと服も武器も魂の一部で、捨てられるようで捨てられないのね」


 ああ……。それは俺も身を持って体験した。


「ナオトと言う名前の兵士の遺体は何処だ?」


 イサハヤ殿に問われたモリヤは、涙を拭って言葉と態度を正した。


「黒い霧のようなものに包まれた後、ナオトの身体は跡形も無く消失しました。それから小さな光が地中に吸い込まれるのを見ました」

「小さな光? 魂か……? 管理人に殺された者はどうなった?」

「ナオトの時と全く同じです。黒い霧の後に身体が消え、光が土に吸い込まれました」

「管理人に刈られても、魂同士で殺し合っても結果は同じなのか……」


 死は死。どのような経緯でも死の事実は変わらない、そういうことだろうか?


「これは……、人間同士で争っている場合ではない。障害となるのは管理人だけで充分だ。州央スオウ桜里オウリという垣根を取り外し、互いに協力して生者の塔を目指すことが私には最善の策だと思う。皆はどうだ?」


 イサハヤ殿が建設的な意見を出した。数分前の俺なら諸手もろてを挙げて賛同していただろう。

 でも、今は……。


「連隊長、おっしゃることは良く理解できます。ですが……」

「俺達、桜里オウリの兵を信用できません。共に行動するのは怖いです」


 アオイとモリヤが不安を吐露とろし、ミズキも不満を口にした。


「それはこちらの台詞だ。我が国に侵略戦争を仕掛けた州央スオウの兵と、手を組める訳がない」


 彼らの意見はもっともだった。俺だって、出会ったばかりのアオイやモリヤに背を預けて戦える自信が無かった。

 イサハヤ殿の優しさに当てられて感覚が麻痺していたが、これが桜里オウリ州央スオウの現実なのだ。


「エナミ、キミの意見を聞きたい」


 イサハヤ殿に名指しされた。皆の視線が俺に集中した。


「……一緒に行動するのは、難しいと思います」


 俺は言葉を選びながらゆっくり答えた。


「この先、陣営関係無く仲間を増やせば、いずれ自分が討った相手に出会ってしまうかもしれません」


 俺はもう会った。イサハヤ殿に。


「地獄に落ちた原因となった相手とは、和解できないと思います。すみません……」


 イサハヤ殿だって俺があの時の弓兵だと知ったらきっと、今のようには接してくれないだろう。


「…………そうか」


 イサハヤ殿は明らかに落胆した様子だった。恩人にそんな顔をさせてしまって、俺の心がチクリと痛んだ。


「決まりだな。桜里オウリ桜里オウリ州央スオウ州央スオウで別行動を取ろう」


 ミズキが言葉にして、俺はイサハヤ殿との別れを覚悟した。


「ここからは俺が隊の指揮を執る。いいな?」


 桜里オウリ兵の中で一番階級が高いミズキが、ひとまず俺達のリーダーになった。それについて不満は無い。

 ランが俺の手をギュッと握った。そう、俺にはリーダーに許可を得なければならない大切なことが有った。


「ミズキさん、この子の同行を許して下さい」


 もし断られたら俺はランと隊を離れるつもりだった。セイヤも俺と共に来るだろう。だがそうなったら、ミズキをこの不安定な土地で独りぼっちにしてしまう。


「……その子供は桜里オウリの民なのか?」

「はい。末比マツビの街の住人です」

「それなら同行を許す。民間人の保護も軍人の仕事だ」

「あ、ありがとうございます!」


 あっさりと許可が下りて拍子抜けしたが良かった。誰も単独行動をせずに済みそうだ。


「ランもいっしょにいていいの?」

「うん。あのお兄ちゃんがおいでって」

「そっか。こわそうだけどいいひとなんだね」


 ミズキは軽く舌打ちをしてから背を向け、スタスタ歩き出した。一本にまとめた長い髪がたなびいた。


「さっさと出発するぞ。のんびりしていたら現世の肉体がたなくなる」

「はいっ。あ、セイヤ、俺の代わりにこの子と手を繋いでくれ。戦闘になったらミズキさんと俺が戦うことになる。両手を使えるようにしたいんだ」

「解った。俺がその子の面倒を見るよ。ラン……だったよな? 俺はセイヤだ、よろしくな!」

「ランです。よろしく……」


 ランは少し照れながらセイヤと手を繋ぎ直した。セイヤは俺の数倍子供の扱いに慣れている。ランを任せて大丈夫だろう。

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