希望と別離(三)

「答えろ」

「待て」


 イサハヤ殿が若武者に歩み寄った。もちろん斬り掛かられても対応ができる間合いで。


「キミは誤解している。彼と私はそんな関係ではない」


 庇って下さってありがとうございます。でも言い回しが何か嫌な感じです。

 俺は浮気現場を見られて、恋人に包丁を向けられる男の気分を味わっていた。汗が大量に出た。魂なのに。肉体の記憶を再現しているのかな?

 そんな修羅場に、


「おにいちゃんにイジワルしちゃダメ~~~!!」


 舌っ足らずな台詞と共にランが駆けてきた。ヤバイ。余計に収拾がつかなくなる。

 案の定、ランの姿を視界に入れた若武者は、整った顔をしかめながら俺に尋ねた。


「貴様、正気か!?」


 ですよね。でも文句は案内鳥に言って下さい。

 ランは俺の腰に抱きついて若武者を睨んだ。幼女から半泣きの抗議の瞳を受け、さしもの彼も尻込みした。


「…………! 何でそんな子供なんかと一緒に居る!?」

「ええと、その、なりゆきで……?」

「馬鹿にしているのか!」

「おにいちゃんをイジメないでぇ~!!」

「私の話を聞いてくれ」

「敵の将の甘言など聞かぬ!」

「オジちゃんにひどいこといったらダメ~!」

「うるさい! 貴様は黙っていろ!」

「びえ~~~~~!!」

「おい、子供にあまりキツイことは言うな」


 何だこの地獄。どうするんだこれ。

 州央スオウの若い男女も困惑していた。そんなカオスと化した現場に、更なる一撃が加えられた。


「エナミぃぃぃ~~~~~!!」


 ランの可愛いらしい声とは違う、声変わりした野太い男の声が俺の名を呼んだ。

 若武者の後方から猪のようなものが駆けてくる。

 あれは……、あいつは…………。


「……セ、セイ」


 ドガッ。

 俺は幼馴染みの名前を最後まで言えなかった。もの凄い勢いでしがみ付いてきた馬鹿に跳ね飛ばされないよう、必死で足を踏ん張った。ランも居るんだっての。


「あああ、良かった、良かったよエナミぃ。会えて良かったぁぁ!」


 俺に抱き付く猪は、紛れもなく捜していたセイヤだった。

 良かった。これについては本当に良かった。セイヤもここに居たのか。疑ってすまなかったな鳥。


 若武者が切っ先を足元へ下げた。


「……近くに居たのか。遠くへ逃げるよう言っただろう」

「すみませんミズキさん。でもこいつ、俺の友達なんです! 悪いことする奴じゃないんです!!」


 ミズキ? それが若武者の名前か? セイヤはこいつと知り合いだったのか?


「セ、セイ……ヤ」


 聞きたいことが沢山有るのに、怪力で強く身体を締め付けられて、気道を塞がれたので声が出せなかった。背中を指でタップしているのに、奴は気が付きやしない。


「まだ生きていると信じていたぞぉぉ!!」


 今おまえに絞め落とされそうなんだがな。しかも治ったばかりの肋骨がきしんでいる気がする。

 セイヤには全力で人に抱き付かないよう、ランには呼ぶまで出てこないよう躾けないとな。

 イサハヤ殿がセイヤの肩を軽くポンポンと叩いた。


「ええと、セイヤくん? その辺で。エナミの顔色がいよいよ悪くなってきた」

「えっ? エナミ怪我してんのか!? でも大丈夫だぞ、ここでは休めば全て回復するんだ!」


 おまえのせいだ馬鹿。でも魂の回復を知っているということは、セイヤも地獄で怪我をしたのだろうか。

 とりあえずセイヤが離れてくれたので、俺は呼吸を整えた。 


「皆、一旦武器を収めてくれ。これでは落ち着いて話ができない」


 イサハヤ殿が三人の兵士へ順に視線を送った。


「連隊長がおっしゃるのなら……」


 州央スオウの男女は上官の命に従った。ミズキと言う名の桜里オウリの若武者も、ランとセイヤの登場で毒気を抜かれたのか、大人しく双刀をさやに収めた。


「まずは互いを知ることだ。自己紹介をしよう。私は州央スオウ第二師団所属の真木マキイサハヤ連隊長だ」


 もっとも位が高いであろうイサハヤ殿が名乗ったのだ。部下である男女の兵士は頷き合い、後に続くことにしたようだ。

 女兵士が背筋を伸ばし、よく通る声で言った。


「自分はアオイ分隊長であります! 彼は部下のモリヤです!」


 女の方が上官だったのか。軍事国とった州央スオウでは、彼女のような女武者は珍しくないという噂だ。


「アオイにモリヤだな。こんな所で何だが、会えて嬉しいぞ」

「れ、連隊長……」


 イサハヤ殿に優しい言葉を掛けられたアオイは、ボロボロ涙を流し始めた。


「どうした?」

「す、すみませ……。何日も何日も地獄を彷徨さまよい歩いて、ま、まさか連隊長にお会いできるとは思っておりませんでしたっ……」


 アオイの言葉を聞くモリヤも赤い目をしていた。


「何日も……? おまえ達、地獄へはどういう経緯で来たんだ?」

御堂ミドウトモハル中隊長の指示で森を探索し、待ち伏せしていた桜里オウリの兵にやられました……」


 俺の初陣となったあの部隊か! 


「そうか、トモハルの部隊の……。負傷兵の何人かは砦に収容されたが、おまえ達だったのか。私達より半日も早くここへ……」

「案内人は、地獄での一時間は現世の一分に相応すると言っていましたよね?」

「ああ……」

「そうなのか?」


 ミズキが興味を示したので、俺はできるだけ丁寧に鳥から得た情報を伝えた。

 タイムリミットのこと、管理人は倒せること。


「なるほど、興味深い話だな。俺はミズキ小隊長。桜里オウリ第六師団所属だ」

「同じく第六師団、セイヤです」

「同じくエナミ。彼女はランです。初対面でしたが、地獄に独りで居たので保護しました」


 ランは俺の後ろに半分隠れながら、ピョコンとおじぎした。

 セイヤが難しい顔で計算した。


「一分が一時間なら、現世の一時間は地獄では六十時間にもなるのか?」

「そうなるな。第一階層に限った話かもしれないが」

「あの二人は半日早く地獄に来ていたから……、六十に十二を掛けて、んん?」


 セイヤが答えに詰まったので俺が教えた。暗算は得意だ。


「七百二十時間だ」

「ええっ!? それって日数にするとどれくらい?」

「二十四で割って、ええと、三十日だな。一ヶ月だ」

「一ヶ月!? そんなに長い間、あの二人は地獄を彷徨さまよってたのか!?」


 セイヤはアオイとモリヤへ同情の目を向けた。

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