希望と別離(二)

 残った俺達は新しい情報を整理した。


「エナミ、キミはどう行動すべきだと思う?」

「管理人の数を減らせることは希望ですね。ですが管理人はとても強い上に、タイムリミットも有ります。下手に挑むより隠れて塔を目指す方が良いと思います。こちらにはランも居ることですし」

「私もキミの意見に賛成だ。急ぎながらも慎重な道を取ろう」


 イサハヤ殿が俺の意見を後押ししてくれて嬉しかった。

 本当に、この人が敵の将であることが残念で仕方が無かった。

 そして俺達の将であるマサオミ様も立派なお方だ。マサオミ様はマホ様を背負った状態で、無事に森を抜けられただろうか?


「よし、進もう。地面のぬかるみが少なくなってきた。もうすぐ湿地帯を抜けるはずだ。」


 ……そう言えば、どうして州央スオウは森に火を放ったのだろう? 森にはまだイサハヤ殿以下、州央スオウの兵士が大勢残っていたのに。

 そんなことをイサハヤ殿に聞ける訳もなく、俺はイサハヤ殿の後ろを再びランと共に歩いた。


 湿り気をはらんだ長い草が徐々に姿を消し、ゴツゴツした硬い木の根が大地を這うようになった。

 森林地帯に入ったようだ。つくづく風景が、州央スオウ兵と殺し合ったあの森と似ていて落ち着かない気分になる。

 ここにセイヤらしき人物が居ると鳥に教えられて来たが、俺達が着く前に他へ移動してしまったのではないかと、少し不安になった。


「ランちゃん」


 およそ三キロの道のりを歩いてきた。小さな子供にはけっこうな距離だが、ランは不満を一切口にしなかった。


「ランでいいよ」

「そうか、じゃあラン。足は痛くないかな? もう少しで着くはずだからね」

「ランはだいじょうぶ」

「強いんだね。でも、もし危ないことが起きたらすぐに知らせるから、その時は大きな樹や岩の後ろに隠れるんだよ」

「わかった、ランすぐにかくれる!」


 素直で躾の良い子のようだ。それだけに彼女が地獄に落ちた意味が判らない。


「静かに、エナミ。いさかいらしき音がする」


 少し前を歩くイサハヤ殿が、片手を水平に出して俺を制した。耳をすますと確かに、誰かの言い争う声が聞こえた。

 小声でランに指示を出した。


「ラン、お兄ちゃん達は前の方の様子を見てくるよ。その間、ここに隠れて待っていられるかな?」

「うん、わかった」


 ランは大きな樹の後ろに隠れた。この辺りの樹木は葉を沢山付けているので、上空から管理人に発見される危険は低いだろう。


 俺とイサハヤ殿は目で合図しながら、音を立てないように前進した。


「おまえっ、よくも仲間を!! 殺してやる!」


 物騒な文句が森に響いた。

 樹の陰から様子を窺うと、武器を構えた三人の兵士が見えた。男二人に女一人だ。

 男女の二人は州央スオウの軍服を身に着け、残る一人は桜里オウリの兵だった。全員若い。二十代の見た目だ。


 セイヤじゃなかった。俺が真っ先に思ったことはそれだった。

 確かに俺と同じ軍服で長身の男だ。だが視線の先の桜里オウリの兵士は射手ではなく剣士だった。長髪で体型は無駄な肉が無くスラリとしていた。

 鳥め。もっとしっかりリサーチしろ。


「先に斬り掛かってきたのはそちらだろう」


 二対一と不利な状況でありながら、桜里オウリの若武者は落ち着いていた。彼は両手に細身の刀を握る双剣使いだ。自分の強さに自信を持っているのだろう。


「く、くそっ……。殺してやる、殺してやるぞ……!」


 言葉とは裏腹に、州央スオウの兵士は腰が引けていた。まだ戦い慣れていない新兵か、それとも相手の強さを知って怖じ気付いたか。


 桜里オウリの兵士が一歩踏み出した。殺気が周囲に充満した。このままでは、彼は確実に州央スオウの兵士を仕留めてしまうだろう。


「そこまで!」


 力強い声が空気を震わせた。イサハヤ殿だ。

 樹木の陰から突然現れた来訪者を見て、三人の兵士は動きを止めた。


「……………………」


 三者は状況を掴む為、しばし無言になった。やがて、


「…………連隊長?」

「連隊長っ、連隊長だ!!」


 州央スオウの兵士二人は満面の笑みでイサハヤ殿の元へ駆け寄った。地獄に仏、窮地にイサハヤ殿だ。


「あれは……、真木マキイサハヤ? そうか、奴もここへ落ちていたのか」


 桜里オウリの若武者は刀を構え直した。向こうにイサハヤ殿が加わって圧倒的不利になったというのに。何故逃げないのか。

 見かねて俺も樹の陰から姿を現した。


「刀を収めて下さい! ここに桜里オウリの兵も居ます!」


 丁寧語を使ったのは、若武者のたたずまいから、彼が士官学校を出た正規の軍人だと思ったからだ。

 彼は俺を見て初めて表情を変えた。明らかに戸惑っているように感じた。地獄で同胞に会うとは思わなかったのだろうか?


「貴様……。今、真木マキイサハヤと同じ所から出てこなかったか?」


 あぁそこに引っ掛かるか。まぁ、うん、そう思うよな。


「まさか、敵と行動を共にしていたのか!?」


 そうだよな。イサハヤ殿のペースに巻き込まれてウヤムヤになっていたが、戦争している桜里オウリ州央スオウの兵が一緒に居るのはおかしいよな。


「黙っていないで答えろ。貴様は桜里オウリを裏切るつもりか?」

「ええっ!? そんなことは決して有りません!」

「では何故、敵と一緒に居た? 貴様は真木マキイサハヤが我が軍に潜ませた間者かんじゃなのか?」


 若武者は一刀の切っ先を俺に向けてきた。

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