希望と別離(一)

 イサハヤ殿が先導する形で歩き、その後ろを五メートルほど離れて、手を繋いだ俺とランが続いた。

 しばらく進んだ頃に、ランの傍でパタパタ飛んでいた黒い鳥が不機嫌な声で呟いた。


『……また新しい魂が落ちてきた。案内に行かなきゃ』

「とりさん、いっちゃうの?」


 ランにだけ優しい鳥は、丁寧な別れの言葉を述べた。


『ああ、仕事が有るんだ。僕は行くけど、ランは二人の言うことを聞いて良い子でいるんだよ。次に会うまでの約束だ』

「うん。ランいいこでいる!」


 俺は皮肉を言った。


「忙しい身なんだな」

『まぁね。毎日誰かしら生死の境を彷徨さまようもんだけど、今はハッキリ言って異常な数だよ。戦争なんてするもんじゃないね』


 皮肉を皮肉で返された。兵士の俺は戦争について責められると弱い。


『でもね、数が多いってことは有利なんだよ。魂同士で協力し合えるから。戦いのエキスパートである兵士達が組めば、管理人にだって勝てるかもね』

「管理人は倒せるのか!?」


 あの強さ、てっきり不死身の化け物だと思い込んでいた。

 イサハヤ殿も興味をそそられたようで、足を止めて俺達の会話に聞き耳を立てていた。


『可能だよ。僕はまだ見たことが無いけど』

「見たこと無くて、どうして知っているんだよ?」

『この姿になった時に、知識がブワーッて頭に入ってきた。クラクラしたよ』


 この姿に? こいつ元々は鳥じゃなかったのか?

 まぁ人の言葉を喋る時点で規格外なんだが。


「そう言えば、おまえに名前は有るのか?」


 俺は今まで心の底から関心が無かったから聞いていなかったが、礼儀正しいイサハヤ殿も奴を案内人と役職名で呼んでいる。


『名前は……有るはずなんだけど、判らない。それだけはどうしても思い出せないんだ』


 そうか、ならいいや。やっぱりあまり関心が持てなかった。


「おまえさっき、第一階層には三人の管理人が居ると言ったじゃないか。数は固定じゃないのか?」

『固定だよ。だから管理人が一人倒されたら、新たに一人補充される決まり。キミ達は女の管理人に会ったよね? 実は彼女、つい最近補充されたばかりの新人さんだよ』

「はっ? 新人? その前に居た奴は?」

『彼女の前任者は、僕が案内人になる前に倒されたみたい』

「それっていつ?」

『第一階層時間で、ええと、九ヶ月と六日前だね』


 けっこう前じゃないか。それに第一階層時間って何だよ?

 次々に与えられる情報で頭がいっぱいになった俺に代わって、イサハヤ殿が鳥に尋ねた。


「地獄にも時間が流れているのか?」

『うん』

「では、塔へ辿り着く前に現世の肉体が滅ぶ場合も有るのか?」

『当然有るよ。管理人に刈られた訳じゃないのに、完全に死んじゃった魂を何体も見てきたよ』


 くそ。タイムリミットが有るのか。その一つの要素を追加しただけで、帰還ミッションは数十倍難しいものとなった。


『でも救いは有るよ。ここと現世とでは、時間の流れる早さが違うんだ。ここの一時間が、だいたい現世での一分に相当するんだよ』


 俺は気絶していた時間も含めて、体感で四時間ほど地獄で過ごしている。鳥の言うことが正しいのなら、現世ではまだ四分しか経っていないのか。いや、四分も経ったの間違いか。

 腹を斬られた俺は、あとどれくらい生きられるのだろう。

 内心焦ったがイサハヤ殿は冷静だった。


「……新しい管理人が補充されるまで間が開いたようだが、どうしてだ?」

相応ふさわしい魂が見つからなかったんじゃない? 管理人に選ばれる魂は、生きてる間に肉体を鍛え上げた武人だけだから』

「魂? 管理人も元は人間だったのか?」


 翼が生えて空も飛んでいるが。あれでも人間か? 反則だろ。


『うん。キミ達と違うのは、完全に死んでいるって点だね。それは僕もだけど』

「案内人……。キミも、死んだ人間だったのか?」

『そうだよ。どうして案内人に選ばれたかは判らないけどね』

「………………」


 気まずい沈黙を破ったのはランだった。


「ランにはやっぱりむずかしい」

『ごめんね、ランは大丈夫だよ。難しいことは全部、この二人がやってくれるからね』


 どうして鳥はこうもランに甘いのだろう。

 ロリータコンプレックスを拗らせているとは思えない。どちらかと言うと、鳥からもガキっぽさを時々感じる。

 ん、鳥がガキっぽい?


 ……そうだ、こいつセイヤの弟に雰囲気が似ているんだ!

 生意気ざかりで、覚えたての難しい言葉を使って大人ぶろうとする、ドヤ顔をする、間違いを指摘しても認めない。

 鳥からも同じ匂いがプンプンする。だから俺は鳥にイラついてしまうのか。

 セイヤの弟は十一歳だが、鳥の享年もそれくらいだろうか。

 尋ねれば答えてくれるかもしれないが、そこまで関心が無かったので流した。


「補充されるまで、管理人は二人体制になるのか?」

『そう。大チャンスだよ。管理人が少ない内に、一気に生者の塔まで走るんだね』

「肝心のその塔は何処に在るんだ?」

『この世界の中心。だけど詳しい方角は教えられない。探し出すことも試練の内みたい。さて、今度こそ僕は行くよ』

「とりさん、バイバイ。またね!」


 大きく手を振るランにこたえるように、鳥は頭上を数度旋回してから大空へ飛び立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る