小さな放浪者(三)
「お待たせしました。女の子の元へ参りましょう、イサハヤ殿!」
「あ、ああ」
俺の勢いに押されながらも、イサハヤ殿は鳥に教えられた方角へ歩き出した。俺も隣へ並んだ。
「今度は怖がらせないようにしないとな」
「そうですね。でもさっきだって、俺達は怒鳴ったりとかしていませんよね?」
「あの子はキミではなく、私を見て逃げ出した気がする。この物々しい鎧が怖かったのだろうか?」
「ああ、そうかも……。男の子なら憧れるんですけれど。俺が幼い頃に幼馴染みとチャンバラして遊ぶ時は、イサハヤ殿の役を取り合っていましたから」
「え、そうなのか……? それは光栄だな」
あの頃は
「そういえばエナミ、キミの名前は
「?」
「いや、深い意味は無いんだ。
「そうですね。
「お父さんとお母さん以外に家族は居たのか? 兄弟とか祖父母とか」
「さあ……? 覚えている限りはずっと父と二人だけでした。父は亡くなった母のことを思い出したくないのか、昔のことをほとんど話してくれなかったので判りません」
「……すまない、込み入ったことを聞いたな」
「気にしないで下さい。ずっと前のことで、もう吹っ切れていますから」
早足だったからか、すぐに樹木がポツポツ生える場所に到着した。
「さて、どの樹に居るかな?」
俺は一際立派な大木の周囲を、観察しながら歩いた。
居た。
一本目であっさり見つかった。拍子抜けした。
「は、はわわわわ……」
樹の窪みに身体を丸めて隠れていた幼女は、俺を見て震え出した。
「おい、落ち着け。大丈夫だ何もしない」
「……う、うそっ。ランのことさらってたべるつもりでしょ?」
どういう設定の悪人だよ。ランというのが彼女の名前だろうか?
「そんなことしないさ」
俺はセイヤの弟妹に接するように、幼女の相手をした。
「ランちゃんって言うのかい?」
「う、うん」
「ランちゃんは黒い鳥さん、知っているだろ? お兄ちゃん達、あいつに頼まれたんだよ」
「……くろい、とりさん」
「うん。ランちゃんが独りで寂しそうだから、一緒に居てあげてって。だから迎えに来たんだ」
小さな子供と会話するコツは、何度も相手の名前を優しく呼んであげることだ。
「ランもね、とりさんにいわれたの。おにいちゃんたちつよいから、いっしょにいなさいって」
俺とイサハヤ殿が管理人に遭遇しても殺されず、やり過ごしたことを鳥は知っていたんだな。奴が世界を知ると豪語したのは、ハッタリではないようだ。
「そっか。だからお兄ちゃん達の所に来たんだね」
「そうなの。でもね、おにいちゃんといっしょにいたひと、こわかったの。だからランにげちゃった。あのひと……」
ウロから出て辺りを見渡したランは、樹の陰に身体を半分隠しこちらを窺うイサハヤ殿に気づいた。
「は、はぎゃあぁぁぁあ!!」
そしてランは悲鳴を上げて、イサハヤ殿と逆方向へ駆け出した。
「おい、ちょっと!」
ピリッとした殺気を背後から感じた。反射的に弓を構えながら振り向くと、黒い案内鳥が空中でホバリングしていた。
あいつ、付いてきた上に俺達を見張っていやがった。
鳥からのプレッシャーを背中に受け止めつつ、俺はランの後を追い掛けた。イサハヤ殿は逃げられた原因が自分だと自覚しているので、控え目な速度で鳥と共に離れて付いてきた。
湿気でペトペトする草を不快感と共に掻き分けて、俺はランの元へ急いだ。ランは子供にしては足が速いが、所詮は大人の俺には敵わない。
そうだ、俺は大人だ。同年代と比べると小さい方かもしれないが、幼女とでは脚が段違いに長い。
あっという間に追い付いた俺は、ランの腕を掴もうとしたが、彼女はスルリと俺の脇を抜け、別の方向へ駆けていった。
「ランちゃん、そっちには恐ろしいトカゲのモンスターが居るよ!」
俺は大声で叫んだ。ランは足をピタリと止めた。
嘘は言っていない。トカゲは確かに居た。
「すっごく大きいトカゲだよ。頭からバリバリ食べられちゃうよ!!」
ランは進路を変え、またもや別方向へ走りだした。狙い通りだ。そちらにはイサハヤ殿とオマケの鳥が居る。
「ひゃふっ!?」
ランはまんまと、俺とイサハヤ殿に挟まれる形となった。子供は単純で可愛い。
「はうぅぅぅぅぅぅ……」
ランは俺とイサハヤ殿の顔を交互に見て、
「ぴゃ~~~~~~~っ!!」
そして泣き出した。
泣かれる程に怖かったのかと、イサハヤ殿が判り易いショックの表情を浮かべ、鳥は凍てつく視線でランを泣かせた俺達を責めた。
「ランちゃん、大丈夫だよ」
「うえっ、うえっ……」
「お兄ちゃん達、ランちゃんが嫌がることは何もしないよ」
たった今、追い掛け回したことは忘れよう。
「……でも、でもあのひと……」
ランはチラチラとイサハヤ殿を窺った。
「こわいへいたいさんたちが、まちのちかくにきたって……。わるいコはさらわれて、たべられるって、まちのみんなが……」
「ん?」
ランはイサハヤ殿……、
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