小さな放浪者(二)

 俺達は草を掻き分けて幼女を捜した。

 歩いていた所よりも更に草の背が高いことと、一応警戒しながらの作業であることが能率を下げた。


「何か見つけたか?」

「いいえ。すみません、俺は狩人だから獣臭には敏感なんですが……」

「私も殺気以外は感じ取れないからな。あの子は何処へ行ったんだろう?」

「下手に動いて、川に落ちてなきゃいいんですが」


 サラサラと流れる川を見て、俺はふと思った。

 この世界に来てから水も食べ物も口にしていない。欲しいと思わなかった。

 走って疲れたし、蒸し暑さも感じる。それでも喉は渇かなかった。

 きっと肉体が無いからだ。肉体を保つ為に生者は食物を摂取する。食べるという行為は、生きているという証なのだ。

 飲んだり食べたりしなくて済むのは楽だが、俺は少し寂しく感じた。


「うおっ!?」


 動く物体有りと見定めて腕を伸ばした俺は、幼女の代わりにトカゲを草むらから引っ張り出してしまっていた。

 けっこうデカいぞ。これもまた魂が具現化した姿なのだろうか? 俺が考えている間にトカゲはジタバタ暴れて、掴まれていた尻尾を切り離してそそくさ逃げていった。


「………………」


 ミチミチと手の中で動く尻尾を、俺は無造作に放り投げた。


『ちょっと、何してんの!』


 突如、頭上から声が響いた。

 こんなこと前にも有ったなと目線を上げると、やはりあいつだ。青いクチバシを持つ巨大な黒い鳥が、空から降りて来ていた。


『もう一度聞くよ。何してんの!?』

「……必要無いと思ってトカゲの尻尾を投げ捨てた。いけなかったのか?」


 地獄がゴミ事情に厳しいのなら、あらかじめ言っておけ。


『そうじゃなくて!』


 鳥は明らかに苛立っていた。奴の姿を見て、少し離れた所で幼女を捜していたイサハヤ殿が近付いてきた。


「案内人だよな? 何か新たに伝えることができたのか?」

『ああキミも! 二人も揃って何やってんのさ!!』


 鳥はイサハヤ殿にもキツく詰め寄った。鳥の分際で。

 どうやら俺達の行動を非難しているようだが……?


『ねぇっ、小さな女の子に対して冷たいと思わない!?』

「ん?」

『恍けたって無駄だからね。僕はこの世界で起きた全ての出来事を知ってるんだから! 例えその場に居なかったとしてもね』

「それは凄い能力だな。有意義に使え。だが今それがどうかしたか?」

「すまないが、我々が叱責されている理由が判らない。女の子に対して冷たくした覚えは無いのだが」


 イサハヤ殿が穏やかに話に割って入ってきた。しかし鳥は余計にいきり立った。


『よく言うよ! 保護を求めた女の子を突き放しておいて!!』

「はい? 保護が何だって?」

「エナミ、察するに先ほど出会った幼子ではないか?」

『だから、そうだってば!』


 鼻息荒い鳥に、俺は言い返した。


「助けは求められていないぞ。あの子は俺達の姿を見て、すぐに逃げ出してしまったんだから」

「彼の言う通りだ。むしろこちらから保護しようと、一帯を捜索中だ」

『だーかーらー』


 鳥はヤレヤレと首を左右に振った。出会った時も思ったが、何だかこいつを見ていると腹が立つ。


『遅いっての。出会った時にすぐ保護してあげなきゃ。向こうが逃げたって? 彼女は知らない大人が怖かったんだよ。それを感じ取って優しく振る舞ってあげるのが大人の余裕だろ? そっちの坊やはともかくとしても』

「俺だって成人している」

『へぇ、そう。小さいから判らなかったよ』


 こいつ。機会が有ったら焼き鳥にしてやる。


「文句言うならあの子が何処に居るか教えてくれよ。全てを見通せるんだろ?」

『あっち』


 鳥は自身の長いクチバシをとある方向へクイ、と向けた。


『あっちの方向へ三百メートルくらい進んだ場所に、大きな樹が何本か点在してるんだ。その一つのウロに、女の子は隠れているよ。さっさと向かって、今度こそ保護してあげてよね』

「あんたが目当ての樹まで先導してくれればいいのに」

『……僕に許されているのは教えることだけだ。直接手は出せない。この世界にはね、いろいろな制約が有るんだよ』

「三百メートル先の大木、そこのウロだな。了解した」

「あ、ちょっと待って下さい!」


 さっそく出発しようとするイサハヤ殿を、俺は一旦止めた。


「案内人、全てを知るあんたにもう一つ聞きたいことが有る」

『何?』

「セイヤと言う男の魂はここへ落ちたか? 歳は十七歳で、俺と同じ弓兵の格好をしている。背が高くて筋肉質だ」


 早口でまくし立てた俺の顔を覗き込んだ鳥は、ニタ~ッと笑った。いや鳥だから表情は乏しいのだが、勘で判った。絶対にこいつは笑った。しかもいやらしく。


『その人、キミの大切な人なの?』

「……幼馴染みで友達だ」

『そっか。魂達にいちいち名前は聞かないから、そのセイヤかどうかは判らないけど……』

「………………」

『キミと同じ格好をした、若い男ならさっき会ったよ』

「! 何処に居る?」

『それを知りたいならまずは女の子を保護してよ。上手く事が運んだら、その後に教えてあげるから』


 こいつ。教えることが唯一の仕事らしいのに、交換条件を出してきやがった。

 でも許そう。幼女を保護さえすれば、セイヤの情報が手に入るのだ。やはりあいつもここへ落ちていたか。

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