小さな放浪者(一)

 細く長い草は足に絡んで歩きにくかった。本物かどうかは怪しいが、大量に湧いている小さな羽虫もうっとうしい。

 しかし草を隠れみのに出来るという利点は捨て難く、俺とイサハヤ殿は湿地帯を進むことを選んだ。

 イサハヤ殿は厚い鎧を身に着けた重装兵なので、歩みは遅いかと思いきや、気を抜くと置いていかれそうになるほど早足だった。凄まじい筋力の持ち主だ。

 川の下流方向へ進みつつ、俺はセイヤのことをイサハヤ殿へ伝えた。


「俺、友達を捜しているんです。幼馴染みで、参戦してあの森に一緒に居ました。もしあいつもこの世界に居るのなら、生者の塔に入る前に合流したいんです」

「友達か。特徴は?」

「俺と同じ歳の男で、イサハヤ殿ほどではありませんが、背が高くてガッシリした体型です」


 セイヤは軍へ入団する時の計測によると、百七十八センチも有った。ちなみに俺は百六十四センチだった。まだ十七歳、これからだ。


「了解した。それらしき人物が居ないか注意しておこう」


 ……了解か。州央スオウにこの人有りと謳われる真木マキイサハヤが、下っ端兵士の俺の言うことを聞いてくれている。おかしな気分だった。


「だがとりあえずは、生者の塔を探そう。ここに落ちた者なら皆、塔を目指すはずだ。塔に近付けば近付くほど、友達と出会える確率も増えると思うんだ」

「そうですね」

「それはそうと、どうして後ろを歩くんだ?」

「はい?」

「いちいち振り返らなくてはならないから、話しづらい」


 何を言っているんだこの人は。俺風情が大将と並んで歩ける訳がないじゃないか。いちいち下級兵士を振り返らなくていいんだよ。


「貴方が連隊長の職に就く高官で、俺は徴兵されたばかりの新兵だからです」

「連隊長なんて、地獄では一切役に立たない役職だぞ。キミはそんなことを気にしなくていい」


 まったく……。俺は溜め息を吐いた。

 知り合ってまだ短いが、イサハヤ殿ときたら万事がこの調子なのである。おおらか過ぎて足元をすくわれそうで、他人事ながら心配をしてしまう。

 マサオミ様は実績に対してイサハヤ殿の出世が遅いと言っていたが、この性格のせいなんじゃないかな。


「貴方はもっと、いろいろなことを気にすべきです」


 ついキツく言い放ってしまった。イサハヤ殿は渋い顔つきとなったが、数秒後には明るい声で、


「キミは桜里オウリのエナミなんだろう? 州央スオウの序列に従う義務なんて無いじゃないか」


 言い返して俺に笑って見せた。上手いことを言ったつもりのようだ。もういいや。

 目上の者を諭すことに疲れた俺は、彼の希望通り左隣を並んで歩いた。

 イサハヤ殿は満足そうだったが、こんな光景を、捕虜だったトモハルという男に見られたらどうなるのだろう? あの男はイサハヤ殿にかなり傾倒していたようだったから、助走を付けて殴られたあげくに八つ裂きにされるな。

 トモハルはある意味、俺にとって管理人よりも厄介な相手だ。どうかこの世界に落ちていませんように。


「止まって!」


 小さな声でイサハヤ殿に注意され、俺は足を止めた。見ると斜め前方の密集した草の束が、ザワザワと音を立てて揺れていた。


(獣か? 獣臭はしないが……)


 イサハヤ殿が腰の刀に手を置いた。俺も矢筒から連射用に矢を二本抜き、内一本を弓の弦につがえた。


 ザワザワザワッ!

 草の束が左右に分れ、ソレは俺達の前に姿を現した。


「ん……?」


 イサハヤ殿の瞳に困惑の色が宿った。俺もだ。

 そこには自分よりも背の高い草を掻き分けてきた、小さな女の子が居たのだ。

 黒い髪を長めのオカッパにした、身体の大きさから推測して五歳程度の幼女だ。

 地獄に……子供?


「ぴゃあっ」


 悲鳴なのか? 幼女は妙な擬音を口から漏らし、後方の草むらへダイブした。

 そしてそのまま草の海の中へ消えていった。


「……………………」

「……………………」


 俺とイサハヤ殿は数秒間固まった後に、顔を見合わせた。


「おい、今……女の子供が居たか?」

「居ました。見間違いじゃなかったんですね」

「どうして地獄に子供が居るんだ? あんなに幼い子が罪を犯したのか?」

「判りません」


 罪人の対極に居そうな純粋な子供。


「ただの子供なら保護の対象となるが……。しかし……」

「ええ……」


 あの子が本当にただの子供なのか、論点はそこに絞られる。

 あんなナリをして、管理人のような戦闘力を持つ化け物かもしれないのだ。管理人だって仮面と翼と鎌という物騒なオプションを付けてはいたが、身体つきは細くしなやかな女性だった。


「追い掛けるべきでしょうか?」

「私は……追い掛けたい」


 イサハヤ殿は幼女が消えた方向を見て言った。


「あの子は我々を見て逃げた。強くはないんだろう。大人でも不安になるこの世界、か弱い幼子を独りにはしたくない」


 俺は靴職人の青年を思い出していた。一緒に居てくれ、置いていかないでくれ、あの時の彼の声が頭の中で蘇った。


「しかし相手が何者か掴めない以上、危険も伴う。だからキミは私に付き合う必要は無い」


 本当に、この人という人は。俺は呆れたが、何故か口元が緩んだ。


「一緒に行きますよ。俺だってあの子供のことが気になりますから」

「そうか、ありがとう」


 どこまでもお人好しだな。セイヤといい勝負だよ。筋肉質の長身で体型も似ているし。二人並んだら親子に見えるかもしれない。

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