案内人と管理人(二)

 独り残された俺は特にやることも無く、その場に座った。地肌がゴツゴツして心地悪かった。

 こんなところを管理人とやらに襲撃されたら、ひとたまりも無いよな。それでも俺は、焦る気持ちになれなかった。

 変わっているか……。そうかもしれない。

 俺は生に執着していなかった。

 今回の徴兵で痛感した。権力の前では弱者の自由など無いに等しいと。生き残ったとしても、また違う部隊に組み込まれて戦わされる。死ぬ時期が少し先延ばしにされただけだ。

 全てが満たされるという極楽へ行けるのなら話は別だが、大量殺人者である俺の業が消えることは無いだろう。

 だったらここで終わりにしよう。管理人に魂を刈られて、扉の先の地獄へ落ちよう。


 セイヤなら。あのお人好しならきっと極楽へ行ける。

 あいつもトモハルを傷付けたが、俺を守る為に仕方無くだ。

 だからきっと、セイヤは極楽へ行っている……!

 俺は半ば祈るように、幼馴染みのことを思い出していた。


 そういえば……。

 セイヤはあの後、死んだのだろうか?

 俺はセイヤが斬られてすぐに意識を失ったので、あいつが事切れたかどうか確認していない。

 俺を庇ったせいでトモハルの斬撃をまともに受け、森には火が放たれていた。普通に考えたら死んでなくちゃおかしい。

 でも、でも俺は?

 ほぼ同じ状況だった俺は、しぶとくまだ生きている。案内人を名乗る鳥は確かに言った、まだ死んでいないと。


 俺は飛び起きた。先程まで無かった焦りの感情が生まれていた。

 もしかしたらセイヤも、死に切れずにこちらの世界へ落ちているのかもしれない。そう考えたのだ。


「おいっ、鳥!」


 俺は鳥を呼んだが、奴の姿はもはや空の何処にも見えなかった。

 鳥は飛び立った。彷徨さまよう魂に、この世界のルールを説明すると言い残して。

 ならば鳥の行き先には、俺以外の落ちてきた人間が居るはずなのだ。


「ええと、向こうへ飛んで行ったような……?」


 俺は鳥を追って走った。落ちてきた人間が誰なのか、それを確かめる為に。


 セイヤが止めてくれなかったら、俺はトモハルにトドメを刺されて絶命していた。

 つまり、俺が今生きているのはセイヤのおかげなんだ。

 あいつの魂がこの世界に落ちたのなら、何としても現世へ返す。今度は俺が盾になろう。管理人からあいつを逃がしてやるんだ。

 セイヤがくれた命なら、セイヤに返すのが筋というものだ。


 俺の心は決まった。陰鬱とした風景が続く地獄の世界を、セイヤを捜す為に駆け抜けた。


 五分……、十分……。体感時間でそれくらい走ったただろうか、地形が多少変わった場所に到達した。

 そして俺は、自分の息が上がっていることに気づいた。

 鳥は魂でも痛みを感じると教えてくれたが、疲労まで溜まるとは聞いていない。

 魂だけの存在になっているはずなのに、走るスピードも以前と一緒だ。これじゃあ、肉体を持っていた現世と変わらないじゃないか。


 俺は小休止を入れることにした。

 ここでは大地が所々隆起していて、二メートルから五メートルくらいの小さな丘が幾つも形成されていた。

 俺が初めに居た場所よりも姿を隠すのに適した地形だ。それに、


「蒸し暑いな……」


 あちらの空気は乾いていたが、こちらの風からは湿り気を感じた。近くに川でも在るのかもしれない。

 そそり立つ土壁に背を預けて、俺は体力の回復を待った。

 いや実際には肉体が無いのだから魂の回復? 魂力? 表現がしっくりしなくて腹が立った。


「!」


 理不尽な怒りに燃えていた俺の視線の先に、フラフラと動く物が有った。

 人影だった。


「…………」


 俺は遠くに居るその対象へ向けて、ゆっくりと歩みを進めた。

 落ちてきた魂だろうか。それとも……?

 俺は鳥に、管理人の見た目について聞かなかったことを後悔した。


「…………」


 半分くらい距離を詰めたが、相手はまだこちらに気付いていなかった。

 後ろ向きのその人物は、俺と同じ桜里オウリ下級兵士の軍服を着ていた。短髪で背が高い男性だ。

 肉付きがあいつよりも少ない気がしたが、俺は意を決して男に声を掛けた。


「セイヤ……か?」


 男は振り返って俺を見た。垂れた眉に大きな鼻。ああ、違う、セイヤではなかった。

 明らかに落胆した俺とは逆に、男は喜びを表情と声に滲ませた。


「キミ、桜里オウリの人だよな!?」


 男は俺よりは年上だろうが、まだまだ若く見えた。二十代前半といったところか。

 男は恥も外聞も無く、初対面の俺に抱き付いてきた。


「良かった、良かったよぉ! こんな所に独りで、どうしようかと思ったよ!」

「……待て、放せ、落ち着け」


 俺は男を引き剥がして尋ねた。


「なぁあんた、黒い鳥を見なかったか? 人間の言葉を話す生意気な奴なんだが」


 年上に対して失礼な口調だったかもしれないが、抱き付くような相手を敬う気になれなかった。


「鳥? 会ったよ! さっきまでここに居たよ! 何なんだよアイツ。ここが地獄の入口だとか、生者の塔を目指せとか、訳わかんないこと一方的に話して飛んでったよ!」


 鳥はここでも案内人の役割を果たしたようだ。そしてまた何処かへ飛んでいったと。


「鳥が向かった先が判るか?」

「え、あっちの方へ飛んでったけど……」


 男は一方向を指し示した。


「鳥はその時、迷ったり、何かを探すような素振りをしていたか?」

「いや? 鳥は真っ直ぐ飛んでいったよ?」


 どうやら鳥には、魂を感知する能力か何かが備わっているようだ。遠隔で個体の識別もできるのだろうか?

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