地の底へ落ちるまで(二)

 軍師の狙いは、平原手前の森でのゲリラ戦。

 その為に騎兵も重装兵も伴わず、小回りの利く軽装歩兵のみで大隊を組んだのだ。


 森の中は見通しが悪く動きも鈍る。それは我が軍とて同じなのだが、敵の騎兵隊を封じるにはこの手しか無かったのだろう。

 何にしても、一般兵の俺達は上の作戦に従うしかない。


「上手くいくかな……」


 再び弱気になったセイヤを俺は励ました。


「いくさ。そして二人で村に帰るんだ」

「お、おう!」


 遠くでときの声が上がった。

 斥候せっこうは作戦通り森へ敵兵を誘い込めたらしい。

 声は徐々に大きくなり、そして近くなっていく。


 いよいよだ。

 手袋ごしに、弓を握った手の震えが伝わってきた。

 そうさ、俺だって怖い。人に矢を向けたことなんて無い。望んでここに居る訳じゃないんだ。

 だけれどこうなった以上、戦うしかないじゃないか。


 金属がぶつかり合う乾いた音、断末魔の悲鳴が聞こえた。そしてついに……。


「あっ」


 俺の背後のセイヤが声を漏らした。我が軍の兵士と斬り合いながら、こちらへ逃れてくる敵兵の姿を視認したのだ。二十人程だろうか?


「うおおおおおー!!」


 勇ましい声を張り上げながら、左右の木から隠れていた兵士達が次々と飛び出していき、敵兵に襲い掛かった。


「くそっ、ここにも潜んでいやがったか!」


 敵兵は強襲に対処しようと懸命に足掻くが、不意を突かれた彼らに勢いは無かった。人数的にも俺達の方が圧倒的に勝っていた。

 そんな状況でも、俺と居るセイヤは大きな身体を縮こめ、完全に怯えていた。

 解っている。優しいおまえには無理だ。

 だから俺がやる。


 俺は背中に担いでいた矢筒から、一本矢を取り出した。

 そして弦に矢をつがえて弓を構えた。


 ザシュッ。


 俺が放った矢は真っ直ぐに飛び、槍を振り回していた敵兵の鎖骨上に刺さった。急に与えられた衝撃で思わず膝を折った敵兵は、我が軍の兵士に左から斬り伏せられた。


 俺の矢が切っ掛けになって、人が死んだ。

 そんな感傷に浸っている暇は無かった。


 敵と味方が入り乱れる戦場では、一瞬の油断が命を奪う。奪われるのが嫌ならば、奪う側になれ。兵団詰め所で世話をしてくれた先輩から、出発前に贈られた言葉だった。

 その通りだと思う。俺は次の矢をつがえた。


 味方に当てないように狙いを定め、二射、三射。

 俺の放つ矢は全て敵兵に命中した。


「どこから!?」

「くそっ、あそこだ、あいつが!!」


 敵兵は俺の存在に気づいたが、中距離からの狙撃は止めようが無かった。隙を見せた彼らは、背後から我が軍の兵に斬られ絶命した。


 四射、五射目も命中した。敵兵は畏れの目を俺に向けた。


「化け物かあいつは! 何でこんな乱戦で正確な射撃ができるんだよ!?」


 変則的な動きをする獣を狩ってきた俺にとって、人間の動作は遅く次の行動を予測し易かった。自分でも驚いたが、俺は完全に敵の動きを捉えていた。

 六射目の矢は敵兵の眉間に突き刺さり、相手はトドメを待つこと無く即死した。


 気がつけば、俺達が潜んでいたエリアに侵入した敵兵は、一人残らず地に横たわっていた。

 殲滅に成功したのだ。


「良くやった! いい援護だったぞ新入り!」


 髭面の中隊長がわざわざ近づいてきて、俺の活躍をねぎらってくれた。他の兵士達もこちらに手を振り、俺を讃えてくれた。

 俺の中の恐怖心はもはや消えていた。セイヤが複雑そうな表情を浮かべ何か言いたそうにしていたが、俺は気づかないフリをした。

 初陣の勝利を、後ろ向きな言葉で水を差されたくなかった。


「他のエリアではまだ戦闘が続いている。加勢に向かうぞ」


 中隊長の言葉に頷いて、俺達は新たな狩り場へ向かった。高揚感に脳を支配された俺は勇み立っていた。


 やれる。人殺しなんて簡単だったんだ。


 援軍として参加した次のエリアでも俺達は次々に敵兵をほふり、死体の山を築き上げた。

 最後の一人が倒れると同時に、戦いの音はやんだ。


「よし、ここも片づいたな。そこのおまえ、前方の様子を探ってこい。他の者はここで待機だ。水分補給は今の内にしておけよ」


 中隊長の言葉で緊張の糸が切れたのか、セイヤが俺のすぐ後ろで吐き出した。


「おい、もっと離れて吐けよ」

「す、スマン。……うっ」


 俺がセイヤの背中をさすりつつ辺りを見渡すと、他にも吐いている者が数人居た。彼らも新兵だろうか? 情けないな。

 ……いや、新兵でありながら初めての殺し合いを経験し、平然としている俺の方がおかしいのか。


「もう騒ぎの音は聞こえてこない。きっと別のエリアでも味方が上手くやったんだ。桜里オウリの勝ちだよ。しばらくは休めるだろう」

「……しばらくは?」

「まだ砦に敵は残っているからな」


 今回森に誘い込めた敵兵は周辺調査の為に本隊から離れていた、せいぜい百人程度の中隊だろう。カザシロ平原に築かれた砦には、無傷の敵の大部隊が残っている。

 セイヤが涙目で尋ねた。


「砦の敵はどうするんだ?」


 作戦はこいつにも伝えられたはずなのに。実戦の緊張と恐怖で、全ての情報が頭から飛んでいったのか。

 仕方が無い。俺は今後の展開を話してやった。


「ここからは持久戦になる。騎馬隊に不利な森と平原の境目で戦いつつ、時間をかけて少しずつ敵の数を削いでいく。砦の攻略はその後だ」

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