地の底へ落ちるまで(三)

 セイヤは考える素振りをした。


「持久戦……。ってことは、しばらく森で暮らすのか?」

「そうなる。最後方の部隊が、野営用の道具と食糧を運んできてくれた。数名だが軍医も居る。生きていくには充分な環境だ。風呂は諦めろ」

「でもさぁ……」 


 首を捻りながら、セイヤは疑問を口にした。


「敵はこっちの狙い通りに動いてくれるかなぁ? さっきの一戦で、森に俺達が潜んでるってバレちゃっただろ? 警戒して砦の側から離れないんじゃないか?」


 馬鹿なりに鋭い着眼点だ。

 だが安心しろ。


「奴らは必ず砦から出てくる」

「どうして?」

「ここが俺達の国だからさ。自分の国なら補給は簡単にできる。でもあいつらはごく最近、慣れない他国に攻め込んできたばかりだ。当然まだ補給ルートなんて確保できていない」

「つまり?」

州央スオウの軍はいつ届くか判らない、自国からの支援を待つ間、足りない水や食糧を現地調達しなくちゃならないんだ」

「そうか!」


 セイヤの目が輝いた。


「その調達部隊を叩くって訳だな!」

「その通り」


 古来、敵の補給を断つことが戦の必勝法だと言われている。長期間になればなる程、食糧備蓄が減り敵は苦しくなる。

 焦った彼らは短期決戦を望み、虎の子の騎馬隊を森へ差し向ける暴挙に出るかもしれない。それこそこちらの思うつぼだ。

 地理に詳しい自国民にしかできない、ゲリラ戦の恐ろしさをじっくり教えてやる。


「エナミ」

「ん?」

「エナミは……、戦いが楽しいのか?」


 俺は微かに笑っていたようだ。

 セイヤが俺の瞳を覗き込む。心の中まで見透かされそうで、俺は居心地の悪さを感じた。

 しかし否定はできなかった。

 大型の獣を仕留めた時の達成感を、俺は人間相手にも感じていたのだ。


「あれ? あいつ誰だ?」


 セイヤの興味が俺からよそに移った。

 彼の視線の先を追うと、そこには後ろ手を縛られた若い男が、四人の兵士に前後左右を囲まれて歩いていた。

 若い男は、桜里オウリのものではない青い軍服を身に着けていた。


「捕虜かな?」

「みたいだな」


 俺とセイヤは興味をそそられ、集団の少し後ろをこっそり付いていった。


「先程交戦した部隊の、将を捕らえたので連れて参りました!」


 集団の先頭に居た兵士が大きな声で告げた。彼らの目的地は、森の奥で陣取っていた司令部だった。

 司令部に引き渡された捕虜は拘束されたまま、土の上に座らされた。前髪の左右を伸ばしてカールさせた、洒落た容貌の青年だった。


 司令部には師団を指揮する上月コウヅキ司令をはじめとする、高官の面々が揃っていた。新兵が立ち入って良い空間ではない。俺達は離れた所から司令部の様子を窺った。


「私は本隊の軍師を務める、獅子座シシザマホと申します。お名前は何とおっしゃるのですか?」


 マホ様が捕虜の前に歩み寄った。桜里オウリでは珍しい女性軍師だ。

 問い掛けられた捕虜は舌打ちをした。


「部下を皆殺しにした、おまえ達に名乗る名前などは無い!」


 捕虜は憎々しげにマホ様を睨みつけたが、彼女は動じなかった。


「だからこそ今こうして、対話の機会を設けているのです。他国に攻め入り民の生活を脅かし、相手の言葉に耳も貸さず、名乗った相手に名乗り返さない。それが州央スオウの流儀なのですか?」


 マホ様に正論で切り返され、悔しさで捕虜は唇を噛んだ。

 それでも最低限の矜持きょうじは持ち合わせていたのだろう、彼は吐き捨てるように名乗った。


「……御堂ミドウトモハル。中隊長だ」


 部隊編成は人数の少ない順から、分隊、小隊、中隊となっていく。中隊長は百人前後の兵を率いるので、百人隊長とも言う。

 さらにその上に大隊、連隊と続き、全てを合わせて師団となる。

 中隊長クラスでは高官とは呼べない。しかし……。


「名字をお持ちでしたか」


 桜里オウリでは国に多大な貢献をした者と、その近親者に名字が与えられる。周辺国でも慣習は似たり寄ったりのはずた。元々は一つの島国が五つに分かれたのだから。

 つまり捕虜は名家の出身ということになる。


御堂ミドウって法務大臣の? そこの坊ちゃんなら文官になると思ったのに、武官の道を選ぶとはね」


 話に割って入って来た上月コウヅキ司令を、捕虜のトモハルは威嚇した。


「人を坊ちゃんなどと呼ぶな! 誰だ、キサマは!?」

「悪ぃ悪ぃ、俺は上月コウヅキマサオミ。一応、ここの司令官だ」

「はぁ!? おまえみたいな軽い男が司令官だと!?」

「んー、それ言われると痛いんだけど」


 マサオミ様は苦笑して顎を掻いた。今年四十路に入ったそうだが、気さくな性格なせいか実年齢より若く見える。


「ええと、じゃあトモハルくん」

「馴れ馴れしく呼ぶな!」

「キミらを率いている司令は、真木マキイサハヤ殿で間違い無いかな?」

「!!」


 トモハルは口を噤んだ。その様子を見たマサオミ様は満足そうに微笑んだ。


斥候せっこうが持ち帰った情報は正しかったみたいだな。そうか、それだけ判れば充分だ」


 聞き耳を立てていた俺は驚いた。

 真木マキイサハヤ……。

 軍に入る前からその名前は耳にしていた。州央スオウ国一の武人で、無敗の将軍という二つ名を持っている恐ろしい男。

 そいつが敵の司令官だなんて。


獅子座シシザ、軍議を開くぞ」

「はい。捕虜はどうしますか? 殺して砦に送り届けますか?」


 マホ様に聞かれ、マサオミ様はトモハルを見下ろした。強気だったトモハルも流石に血の気を失っていた。


「生かす。分隊を一つ奴に付けて、食事と排泄の世話をしてやれ」


 そう告げてマサオミ様は去った。


「エナミ、俺達もそろそろ持ち場に戻ろうぜ」


 セイヤに促され、その場を立ち去ろうとした俺は、ちらりとトモハルの方を見た。

 とりあえずだが命拾いした彼は、今どんな心境なのだろうか。

 マサオミ様に対する感謝か、それとも屈辱か。

 その心の中を知れるのは、トモハル本人だけだった。

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