第3話

「……傷はないのかと聞いている」

「はっ、はい!」

 わけがわからず思考が停止していた私に、黒崎くろさきカイ先輩がもう一度話しかけてくる。私は慌てちゃって、思わず肩から下げていたカバンを地面に落としちゃった。バサバサっと中身がこぼれ出て――魔力回復薬や傷薬とかは無事だったけど、私のスケッチブックとペンがそこら中に広がって。

 ぎゃあ! 中に書いてあったイラストが丸見え! うぅ、別に恥ずかしいものを描いているわけじゃないけど、恥ずかしい! ちょっともみじちゃん、レオンちゃん、岡くん! 先輩の前で私をかわいそうな目で見つめないでよ! ……みっともないのはわかってるんだからさぁ。

 黒崎カイ先輩も、ドジな私を見てしばらく固まっていたけど、「無事なら何よりだ」とだけ言い残して、すぐにどこかへ行ってしまった。

 えーっと、どうして先輩が助けてくれたのか、わからなかった。もしかして、1年生の授業の手助けまでしてくれてるとか?


「でさ、黒崎カイ先輩すげーんだよ。まったく攻撃が見えないの。それなのに周りにいた数十匹の敵を一瞬で倒したんだぜ!」

 授業の後のお昼ご飯、ランチルームにて。

 岡くんが興奮気味に、一緒に座っている男子たちにさっきの出来事をちょっと……いや結構盛りながら話している。数十匹って……そんなにいなかったし。一瞬で倒したのは確かだけどさ。っていうか、黒崎カイ先輩をはじめとするK4って、女の子だけがキャーキャー言っているのかと思ったけど、そうでもないんだね。男子にとっても憧れの存在みたいな感じなのかな。

「すごいのは岡くんじゃなくて、黒崎カイ先輩なのにね。なんだか自分がすごいって感じで話ししてるじゃん」

 お弁当を広げながら、進藤もみじちゃんがそう言った。「そうそう、まるで自分の手柄みたいにさ」と、もみじちゃんの隣にいるレオンちゃんも呆れた顔をしてた。まあまあ、いいじゃない。男子ってあんなもんでしょ。

「ああ、でも疲れたね。ダンジョンに潜ったからお腹すいちゃった」レオンちゃんは剣も魔法も使うからね、結構体力の消耗も激しいのかも。もみじちゃんもたくさん敵を倒していたもんね。二人とも「いただきます」をしてから、お昼ご飯を食べ始めた。特別何かをしたわけじゃないけど、私もたくさん歩いてお腹すいちゃった。さっき売店で買ったサンドイッチを出して、ぱくつく。

「でもさ、どうして黒崎カイ先輩はあんなとこにいたんだろうね? 授業中なのにね?」

 私が二人に尋ねても、「ねぇ、どうしてだろう」としか返ってこない。そりゃそうだ。

「黒崎カイ先輩にちゃんとお礼も言ってないし、今度あったら聞いてみようかな」

「っていうか、黒崎カイ先輩と話なんてできるわけないって。K4ケイ・フォーだよ、K4。もしそこらへんを歩いててごらんよ。それだけで大騒ぎだよ」

「だね。他の女子がキャーキャー言ってるなか、くるみちゃんはもみくちゃにされて終わりだね」

「そんなぁ」

 二人にそんなことを言われて、まぁそうだよねと思った私でしたが。

「俺に何を聞くんだって?」

「そりゃ、どうして授業中なのにダンジョンの地下一階にいて私たちを助けてくれたんですかって」

 と言ってから、気づいてしまった。

 もみじちゃんもレオンちゃんも、口をぱくぱく開けて「くるみ、後ろ後ろ!」と無言で指を差している。振り返ってみると、そこにはまたしても黒崎カイ先輩がいたのでした。

 こ、こんなに近くに黒崎カイ先輩がいて……私に話しかけてきた? 黒髪に映えるクールな表情。制服もパリッとシワひとつなくて、そして何より……いい匂い。やばいやばい、これは女子がキャーキャーいうのもわかる。わかるけども!

「君、名前は?」

 はい、やばいです。やっぱり私、直接黒崎カイ先輩から話しかけられてます。え、え、どうしたらいいの? しゃべっていいの? 私がもみじちゃんとレオンちゃんを見ると「早く言いなよ!」って顔と手を動かす。

「こ、こ、小岩井くるみです!」

 黒崎カイ先輩は無言のまま私の頭の先から足までじっと見つめた。そして、

「小岩井くるみ。放課後、K4会議屋まで来てくれないか。カバンも忘れずに。いいね」

 と言って、先輩はランチルームから出て行った。

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