第4話

さっぱりとした肌触りのシーツ、爽やかな木漏れ日にそよぐ風。


どれも心地良くはあったが、光田の心は重苦しい。

足を包む仰々しいギプスにはため息しかでてこない。


今シーズン、近年でも稀に見るベストな状況でスタートした。

その好調ぶりは昨年を凌ぎ、打率もリーグトップで、このまま行けば三冠王も夢ではなかった。


ところが、だ。

いつもの打席。

いつもと同じように打った球が地面を叩きつけ、自身の足首を直撃した。

自打球。


こんなヘマは何年ぶりだろうか。しかも、足の腱を痛め全治2ヶ月の戦線離脱になった。


調子がいい時こそ気をつけなさい。

祖母が口酸っぱく言っていた言葉が耳にこだまする。


自分の無力に声も出なかった。


チームのトレーナーからの勧めもあり、この病院に入院した。

外科の実弥先生は日本有数の名医だと周りからよく聞いていた。


トレーナーの戸波は実弥先生とは懇意だったから、すんなり入院の話は進んだ。


そうは言っても、心配なことはある。


これだけ名前が知られると、どこに行っても自分に興味を持ってくれる人が現れる。

こちらの事情などお構いなしで近づく者もいる。


相手に期待をさせない距離感と邪険にしない程度に交わすスキルが必要となる。

昔は面倒だったけれど、今は当たり前に出来る様になっていた。


それでも入院中の院内で気遣うのはやはり面倒だ。

しかし、この病院では心配するほどあからさまに興味を向けてくる者が少なかったことは救いだった。


もちろん、自分に気づいてサインを求める入院患者もいたが、その程度で良かった。


病院に来た日以来、光田やチームの関係者、病院幹部も周りに気づかれないように入院手続きをしてくれたおかげだろう。


今も昼食の膳を職員が下げていく。

垢抜けない彼女は淡々と仕事をこなし、笑顔で退室して行った。

媚びない笑顔。


本当に光田のことを知らないのだろう。

そんな普通の扱いが光田には安心出来た。

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