第2話

静かな病棟にまっすぐ続く木製の手すりをアルコールで消毒する。


延々と続く右側手すりを終えると、次は左側の手すりを丁寧に拭っていく。


個室病室が並ぶ前を進んでいくと、一番奥の角にある特別室の扉が開いた。

白髪混じりの歳の頃なら50代初めだろうか。

生真面目そうな男性がこちらに気づくと「すみません」と軽く手を上げた。


特別室は今朝から話題になっている、あの野球選手がいる部屋だ。

朝からたくさんの花が届き、とにかく出入りが多かった。


そよはその男性の方へ寄った。

「すみませんが、多めにゴミが出てしまいまして。処分をお願いしたいのですが」


「はい。いま参ります」

そよは大きなゴミ袋を取りに戻ると、再び特別室のドアを叩いた。


「失礼します。ゴミの処分に参りました」


「どうぞ」

落ち着いた、先ほどの男性らしき返事が聞こえたので入室する。


戸を開けると一際大きな窓から木漏れ日が差し込む心地よい部屋が広がる。

そよにとっては見慣れた病室なのに、なぜかいつもより白い壁がまぶしく、明るい感じがした。


それは、そこら中の花瓶にささった真新しい花束の数々のせいもあるだろうか。

まるで、花畑に迷い込んだようだった。


「こちらです」


先程の男性が立ち尽くすそよに優しく声をかけた。

男性はベッドの脇にあるテーブルで、送られてきた花束のリボンやセロファンを片付けていた。


「さっきも片付けて頂いたのに、何度も申し訳ないです。こちらも処分をお願いします」

そよは手渡された美しく解けたリボンやキラキラした光を放つセロファンの輝きに目を奪われた。

小学生の頃の私なら、きっとこっそり持ち帰り髪に飾っていただろう。


すると、傍から先程とは違う声がした。


「お手間をおかけします」


そよはその声の方を見た。


ベッドにいる、白いノリの効いた布団をかけた大きな男性と目が合う。

漆黒の瞳に吸い込まれそうになり、そよはその視線に掴まれ動けなくなった。


暫く立ち尽くし、自分の不自然さに慌てて視線を外した。

ようやく我にかえり「とんでもありません」と答えることが精一杯だった。


そよはゴミを一杯に抱えて、失礼しましたと部屋を出て行った。



部屋を出てそよが思ったこと。


みんながざわめく理由がわかった。

「オーラが違う」なんてよく聞くセリフ。

けれど、本当にオーラを見たのは初めてだった。


みんなが夢中になり、憧れる人はやはり違う。

後光がさしているように輝いてみえた。


なんだかご利益を頂いたようで、そよはありがたい気持ちになり、危うく特別室に手を合わせてしまいそうになった。

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