あの日、きみに出会えた

高崎さおり

第1話 朝のできごと

看護助手として働く佐野そよは、朝の引継ぎと伝達事項を聞いて周りの看護師やワーカーがざわつく理由がよくわからなかった。


プロ野球選手がケガをして、昨晩から入院していること。

外部には絶対に情報を漏らさないこと。

ということだった。


そよには弟がいて、小学生の頃は野球少年だったから、その当時の選手や多少のルールは知っている。


けれど、それ以上の知識は全くなく、プロ野球選手の名前を聞いても、周りの驚きや小さな悲鳴もよく理解出来なかった。


そよがあまりに反応しないので、看護師の竹村が不思議そうな顔をした。

「佐野さん、もしかして光田選手知らないの?」

「はい」

竹村は目を見開き、えぇと声を上げた。

「へぇ、めずらしい。でも、佐野さんてネットとかテレビとか見なさそうだもんね」

と、一人納得して去っていった。


学校を卒業して就職予定だった会社が入社前に倒産し、父の知り合いのツテでこの病院に看護助手として働かせてもらうことになった。


看護助手とは、看護師のお手伝いだ。

入院患者の配膳、お茶を配る、身の回りの整理の手伝い、看護に必要な蒸しタオルの用意、ガーゼを切ったり、アルコール消毒など、とにかく何でもやる。

いわゆる何でもやだが、患者と関わることが多く、たくさんのパワーをもらっていた。


けれど、日々の生活で手一杯になり、趣味やおしゃれ、色々な楽しいことなどそもそも縁遠かったが、今やすっかり置き去りになっていた。


 その日の昼の配膳とお茶の配布に行こうとした時、看護師の真山が声をかけてきた。

「佐野さん、今日は私が行くから。5号室の奥田さんが退院だから、そちらお願いできますか」

「はい」

そよは指示に従い、配膳は任せて5号室に行った。


けれど5号室の退院準備はベテラン看護師である鳥取の下で全て完了していたのである。


「あら、佐野さん。配膳は?」

「真山さんから、配膳ではなくこちらの手伝いに行くようにと言われまして」


すると、鳥取は意味ありげに笑った。


鳥取は若い看護師たちが入院してきた光田目当てに配膳の仕事を佐野の代わりに行っていることをすぐに理解した。


これでは、佐野は暫くの間、仕事を奪われてしまうだろう。


「そう。それじゃ、ここは大丈夫なのでアルコール消毒お願いしてもいい?新しい掃除の方がまだ慣れてないから、病棟やリハビリ室の手すりとか手伝ってもらえると助かるわ」

「分かりました」

そよは何の疑問もなく、消毒液とタオルを取りにバックルームへ戻っていった。

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