第4話 なんてこったい(現代日本/磁石、粗大ごみ、台風)

 びゅうびゅうと吹く風の音で目が覚めた。

 なんてこったい。よりにもよって今日、台風がきてしまったとは。

 玄関に目を向ければ、市のリサイクルセンターに収集予約をしてしまった机が一台。この部屋に住み始めて7年目、就職してからは3年目。そろそろ異動も見据えて物を減らさねば、と一念発起して断捨離を始めたのは先週のこと。

 大学入学を機に一人暮らしを始めたときから使っているこの机は、家にいる時間も減り、ローテーブルひとつあれば事足りる生活になったからと、真っ先に処分を考えた。デジタル化が進む昨今、お役所仕事と評判の悪い行政もさすがにweb上で申し込めるものを増やしてくれていて、この自治体では粗大ゴミもそのひとつだった。これ幸いとばかりにフォームから申し込んではみたものの、直近で頼めるのは一週間後。それでも一番最初に片付いてくれるならば後の作業がきっとやりやすくなると信じて申し込み、コンビニで料金を払い込んできたのは記憶に新しい。

 そしてそれから数日、天気予報は朝晩の通勤時間帯の情報だけを確認する日が続いていて、職場で「台風近づいてきてるんだってね」との会話は耳にしたような記憶もうっすらあるが、すっかり素通りしてしまっていたらしい。

 枕元のスマホを引き寄せれば、防災アプリからの通知でロック画面は埋め尽くされていた。最新の通知をタップしてロックを解除すると、暴風警報発令の通知。

 こういうときはゴミ収集してくれるんだろうか。

 疑問を胸に窓を開ければ、どうやらまだ雨は降っていないらしく、ただただ風の吹きすさぶ音が響いている。

 今のうちに捨てに行こう。

 決めてからは早かった。寝間着代わりのTシャツの上からウインドブレーカーを羽織り、踵の潰れたスニーカーを履く。軍手も嵌めれば、準備完了。多少重いが、折りたためば一人でも運べる。そういう机を選んで、買ったのだ。数年前の自分は。

 だから大丈夫、問題ない。

 心の中で呟いたそれの元ネタは、全くもって大丈夫でないシーンでのセリフだったけれども、それは忘れたことにする。

 申し込んでから数日間、玄関に居座っていた机を持ち上げれば、風の音に紛れて小さくからんと音がする。足元を見れば、鳥の絵のついた磁石が落ちていた。粗大ゴミのシールを貼るときに机につけているものがないかどうかは確認したつもりだったのだけれども、どうやら見落としていたらしい。拾い上げて、とりあえずドアののぞき窓の上につける。

 これはこれで、悪くないんじゃない?

 そう嘯きながら、ドアを開けた。ドア越しにもびゅうびゅうと聞こえていた風の音は、ドアを開ければより一層響く。

 早いところ集積所に運んで、そうして温かいスープでも食べて、支度をしよう。電車が動いている限りは、仕事も休みにはならないだろうから。

 ドアを閉めて机を引きずる背を、鳥が見ていた。


---

初出: https://www.magnet-novels.com/novels/54514 2018/8/12

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三題噺集 ritsuca @zx1683

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ