第4話 明日また会えたら

 紙の臭気が充満する資料保管庫に、美咲と幽霊の拓也。

 そして、渡辺宏樹が居た。

「ここで何をしているんだ?」

 宏樹は言い、美咲の持つ資料を目にして顔色が変わった。

「渡辺」

 拓也は口にするが、美音以外に拓也の姿も声も聞こえないので、奴には伝わっていない。

「お前が拓也さんを殺したのね」

 美音が言うと、宏樹は驚く。

 それはそうだろう。

 初対面の人間に、自分が行った殺人を看破されたからだ。

「お前。どうして、そんなことを」

 宏樹は狼惑う。

 そして、美音に詰め寄る。

 美音は一歩後ずさる。心臓が激しく鼓動する。

 全身の血液の流れを感じる。

 宏樹は美咲に掴みかかると、首に手をかける。

 美音は抵抗する。

 しかし、宏樹の力が強くて振りほどけない。

 美咲は苦しさに顔を歪める。

「や、やめ……」

 美音の声はかすれていた。

 すると宏樹は急に寒気を感じた。それは悪感のようなものだった。

 次の瞬間、宏樹は顔の横に青白い光を感じ、思わず目を見開く。

 そこに自分が殺した拓也の顔があった。

「か、加藤! どうして!?」

 拓也は、美音のピンチに無意識に飛び出した。

 彼は、美音の首を絞める宏樹の腕にしがみつき、美音から引き離す。

 美音は解放された。

 彼女は咳き込みながら、呼吸を整える。

「宏樹。よくも僕を殺してくれたな」

 拓也は言った。

 宏樹は怯えた表情を浮かべている。

 彼は腰を抜かし尻餅をつく。

「ま、待て!」

 拓也は容赦なく、宏樹に殴りかかった。

 渾身の一撃は、宏樹の顔面を捉えた。

 宏樹は鼻血を出しながら、床に転がった。


 ◆


 その後、美音は警察に連絡した。

 渡辺宏樹は警察に逮捕され事情聴取を受けている。

 一方、美音は、拓也と共に警察署に訪れていた。

 会社の公共工事に関する不正の証拠を提出するためだ。

「不正を正そうとして。街の安全を守ろうとして、加藤拓也さんは死にました。彼の死を無駄にしないで下さい」

 美音は訴えた。

 警察官は、美音の言葉を聞き届け、書類は受理されることとなった。


 ◆


 数日後、拓也と美音は公園のベンチに座っていた。

 美音は缶コーヒーを手にしていた。

 スマホのニュースサイトを眺める。

 そこでは建設会社に捜査の手が入ったことが報道されていた。

 美音は、ほっと息を吐く。

 拓也の方を見る。

 彼もまた安堵していた。

 二人は、互いに見つめ合う。

「ありがとう高橋さん。これで街の安全が守られたよ」

 拓也は美音に感謝を告げる。

 美音は照れくさくなったのか、視線を逸らす。

 そして、少し間を置いてから、口を開く。

 彼女の頬は赤らんでいた。

 美音は勇気を振り絞って告白をした。

 自分の気持ちを言葉にした。

「名前で良いですよ。美音って、呼んでください」

 拓也は一瞬だけ戸惑ったが、返事をする。

「ええ。……美音さん」

 拓也は美音を見ながら微笑むが、どこか浮かない様子だった。

 その事に美音は疑問を抱いた。

 彼女は質問する。

 何か心配事があるのではないかと。

「いえ。何でもありません」

 拓也は答える。

 しかし、それが嘘であることは明白だった。

 奇妙な共同生活ではあったが、好きな人だからこそ美音は拓也が何かを悩んでいることに気付いた。

 それから数日間、美音は拓也の様子がおかしいことに気付いていたが、それでも拓也とは仲良く接した。

 明日の大学に備えて美音はベッドに横になる。

「ねえ。拓也さん、一緒に寝ます?」

 美音は冗談半分に言ってみた。

 すると、拓也は困ったような顔をした。

「……明日また会えたらね」

 拓也は意味深なことを言った。

 美音は首を傾げる中、拓也は美音の額に手を当てて消えてしまった。

 夜寝る時は、いつもそうだ。

 幽霊である拓也に寝床は必要ない。

 美音は布団の中で目を瞑る。

 そして、すぐに眠りについた。

 その夜、美音は夢を見た。

 拓也の夢だ。

 彼は頭を下げた。

「どうしたんですか拓也さん」

 美音が訊ねると、彼は言った。

「お別れを言わなきゃいけないんだ。僕がずっと成仏できなかったのは、会社の不正を告発するためだった」

 拓也は続ける。

 しかし、それが原因で殺された。

 彼は美音に謝罪する。

 自分が不甲斐なかったばかりに、彼女を危険な目に遭わせてしまい申し訳ないと。

 美音は首を横に振る。

 それは仕方のない事だと。

 でも、それは拓也には許せないことらしい。

 彼は美音を抱きしめる。

 美音は温もりを感じる。夢の中だからだ。

 拓也は言う。

 ごめんなさいと。

 美音は気にしていないと言う。

 むしろ、こうしていられる時間が嬉しいと。

 拓也は美音から離れようとする。

 しかし、美音は離れたくないと思った。

 彼女は、彼にしがみつく。

 このまま離さないで欲しいと。

 拓也は困惑したが、美音を強く抱き締めた。

 美音は目を覚ます。

 カーテンの隙間から差し込む朝日を浴びながら起き上がる。

 いつもなら、朝ごはんの香りがしてくるはずなのだが、今日は何も匂わない。

 美音は部屋を見る。

 そこには誰もいなかった。

「……何よ。かってに告白して、勝手に居なくなるなんて」

 美音は呟いた。

 頬を伝う涙。

 彼女は嗚咽しながら泣いた。

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