第3話 トンネル

 夕暮れ時のアパート前で、美音と幽霊の拓也は話していた。

「僕が自殺じゃないって。どうして、そんなことが分かるんですか?」

 拓也の問に、美音は静かに語る。

「良いですか。高所から物を落とすとどうなりますか?」

 美音の問いに、拓也は戸惑いながらも、 美音の目線を追って考える。

 彼は、何かに気づいたようだ。

 その瞬間、彼は息を呑む。

 彼の脳裏にフラッシュバックする記憶。

 それは転落していく自分。

 地面に叩きつけられる衝撃。

 身体中の痛み。

「拓也さん、大丈夫ですか」

 美音は心配する。

「大丈夫です。高橋さんの言うことが分かりました。僕は、こう孤を描くように落ちていました。これは、確かに不自然ですね」

 拓也は物体が放物線を描きながら落ちるのを示す。

「そうです。物が自然に落ちるなら、落下場所はもっとアパートの近くでないといけないんです。それにも関わらず、拓也さんが落下した場所はアパートから2.5mも離れています」

 美音は説明をする。

「それはつまり……」

 拓也は愕然としていた。

「自殺する人が幅跳びをしますか。突き落とされたんですよ、背中を押されて。恐らく犯人は、あなたの死を望んでいる人物ですよ」

 美音の言葉に、拓也は震え上がる。


 ◆


 美音と拓也は街にある建設会社を訪れていた。

 バイク便の宅配になりすましての訪問だ。

 美音は拓也に言われた通り、ヘルメットと作業着を身につけている。

 美音は深呼吸をして、平静を装う。

 拓也は、そんな彼女を不安げに見つめていた。

 美音は受付の女性に声をかける。

 女性は笑顔で応対してくれた。

「宅配便でしたら、こちらでお預かりしますよ」

 女性の言葉に、美音は首を横に振る。

「いえ。これは施工管理部の監理技術者の方に直接届けるよう言われまして」

 そう言って、美音は書類を見せる。

「そうですか。では、そこのエレベーターを使ってください」

 美音は指示に従い、エレベータに乗り込むフリをして階段に滑り込む。

 拓也が道案内をする。

「保管室はこっちです」

 二人は慎重に進んで行く。

「拓也さんは幽霊だから空中を浮いてますけど、私はそうはいかないので階段を上らなきゃいけないので大変なんです」

 美音は愚痴をこぼす。

 やがて二人は、目的の部屋の前にたどり着く。

 周囲に人が居ないことを確認すると、保管庫の中に入り込む。

「それで、資料はどこなんです?」

「一番上の棚です」

 拓也の指示通りに、美音は段ボール箱から資料を取り出す。

 中には建築関係の図面が入っていた。

「これだ。僕が集めた不正を暴く証拠の数々が……。僕を殺して、安心していたんだろうけど。そうはいかないぞ」

 拓也は悔しさのあまり拳を握りしめていた。

 美音は黙ってそれを見る。

「これが、雨水トンネル幹線工事の不正の証拠なのね」

 美音は呟いた。

 不正のあらましはこうだ。

 数年前に発生した豪雨による市内中心部の浸水被害を受けて、これを防ぐ雨水トンネル幹線工事を会社は受注する。

 しかし、当初から工事はつまずく。

  会社はトンネルの地質調査を行う際、実際の調査結果を改ざんし、トンネルの安定性や地盤の状態を正確に報告しなかった。これにより、建設中に予測できなかった地盤沈下や崩壊が発生し、プロジェクトの安全性に重大な問題が生じた。

 元より、工事が困難であるにも関わらず会社は、不正な手段で工事費を圧縮しようとしていた。

 具体的には、必要な補強工事や設備の追加を省略し、安全基準を満たさないまま工事を進行。大雨時には幹線が機能せず、水害が発生する危険性が高まった。

 トンネル建設に必要な高品質の鉄筋やセメントを代用品や低品質な材料で置き換え、コスト削減を図る。

 これにより、建設物の耐久性や安全性が低下し、将来的な構造的強度問題が予想されたのだ。

 拓也の予測では2017年3月に発生した『博多駅前道路陥没事故』に匹敵する事故になっていたということだ。

 拓也は地質調査士として、この会社で働いていたが、この事実を知ってしまった。

 上司にその事を報告したところ、逆に圧力をかけられてしまい、結局何もできずにいた。

 そこで資料を収集し告発しようとしていた訳だが、その前に自殺にみせかけて殺されてしまった。

 拓也の話では、思い出した最後の記憶にある人物は、同僚の渡辺宏樹だと言った。

「そいつが、拓也さんを……」

 美音は怒りに燃える。

 その時だった。

 美音は誰かに見られていることに気付いた。

 二人は振り返ると、そこには男がいた。

 スーツ姿で眼鏡をかけた中肉中背の男。

 渡辺宏樹だった。

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