第2話 これってもしかして

 朝。

 美音は、ご飯の炊ける匂いで目が覚めた。

 ベッドから出て、カーテンを開けると眩しい陽射しが差し込む。

 美音は窓を開け、朝の空気を吸う。

 新鮮な空気が肺を満たしていく。

 気分が爽快になる。

 キッチンへ向かうと、そこには朝食を作っている幽霊の姿があった。

 美音の気配に気づくと、彼は振り向いた。

「おはようございます。朝ごはん出来ていますよ。今朝は、ご飯とみそ汁と目玉焼きとサラダです」

 嬉しそうに言う彼に、美音は苦笑する。

 幽霊である彼は、美音に気持ちを告げると去ろうとした。

 だが、美音はそれを呼び止めた。見ず知らずの男から告白されたからと言って、それに応じるほど美音は安っぽい女ではなかった。

 けれど彼がしてくれたことには感謝しなければならないし、それに彼の気持ちは素直に嬉しいと感じた。

 だから美音は彼を引き留めたのだ。

 それからというもの、美音と彼との奇妙な共同生活が始まった。

 最初は戸惑いもあったが、今ではすっかり慣れてしまった。

 彼の作った料理を食べ、一緒にテレビを観て笑い合う。

 彼は、この地域で生活していたらしく生活情報にも詳しかった。どこそこのスーパーの特売日だけでなく、公共交通機関の時間にさえ精通し、役所での手続きの仕方、地域の名産品や美味しいお店なども教えてくれる。

 機械にも詳しくパソコンの異常もすぐに修理してくれ、その知識量に美音は感心するばかりだ。

 当初、彼は幽霊であるが故か非常に不穏なものがあったが、美音と過ごすうちに、だんだんと明るくなってきたようで、最近は笑顔を見せてくれている。

 そして美音もまた、そんな彼を信頼するようになっていった。

 最初は、世話好きなただのお隣さん程度しか思っていなかったが、今は違う。

 美音は、はっきりと自覚していた。

(私、この人のこと好きになっちゃったんだ)

 美音は朝食を口にしながら、若者にチラリと視線を送る。

 若者は微笑みながら訊く。

「不味くないですか。僕、幽霊だから味見できないんですけど生前の記憶で作っているので結構いけると思うんですよ」

 若者の言葉を聞き、美音は慌てて首を横に振る。

 食事中に他のことを考えていて、箸を止めてしまっていたのだ。

 美音はそれを誤魔化すために言った。

「えっと、うん。大丈夫だよ。とても美味しい」

 美音はぎこちなく笑う。

 そんな美音を若者は不思議そうに見つめていたが、やがてクスッと小さく笑った。

「そう言えば、幽霊さんにまだ名前を聞いてませんでしたけど」

 美音が訊くと若者は少し考え込む。

「すみません。僕、このアパートから転落死した時に自分自身の記憶が消えてしまったみたいで、覚えていないんです。かろうじて、このアパートに住んでいたことは覚えているんですが……」

 申し訳なさそうに若者は言った。

「それじゃあ不便よね。じゃあ、調べてみましょうか」

 美音は提案した。


 ◆


 美音と若者は、大学の図書館を訪れていた。

 若者は幽霊なので美咲以外には姿を見ることはできないので、すんなりと入ることができる。

 ただ、若者と話していると、傍から見ると一人でブツブツ言っている危ない人に見えてしまうので注意が必要だ。

 美音は新聞を広げる、この地方の地域新聞だ。

「あのアパートで亡くなっているなら事故の事が書かれていると思うの」

 美音は自分が引っ越す前の日付を遡って調べる。

 およそ一ヶ月程前の新聞に、美音の住むアパートでの写真があった。

 見出しには『建設会社社員の自殺』とあり、顔写真があった。

 それは若者の顔に間違いなかった。

 記事によると、若者は建設会社の社員・加藤拓也たくやとあった。

 彼は、最近仕事に悩んでいたらしく、会社で同僚達との人間関係で悩み、上司に相談したが聞き入れてもらえず、それが引き金となって自殺したらしい。

 現場には遺書もあり、自殺として処理された旨が書かれていた。

「僕は、拓也って言うんだ。それにしても、まさか自殺をしていたなんて……」

 拓也はショックを受けた様子だった。

 でも美咲は良い方向に捉えようとした。

「でも、これで名前が分かったじゃない。拓也さん」

 美音は明るい声で励ます。

 二人は夕飯の買い物を済ませ、アパートに着く。

「あの記事によると、僕このあたりで死んだんですね」

 拓也は階段前のアスファルトを見て、しみじみと言う。

「やめてくださいよ」

 美音が言うと、拓也は苦笑する。

 彼女は、そこから4階アパートの屋上を見上げた。

 そして見下ろす。

 そのまま美音は動かなくなった。

 目は開いているが、視覚の情報はシャットアウトされ、脳内の思考だけが研ぎ澄まされる。

 心臓の鼓動が早くなる。

 全身の血液が沸騰したように熱くなる。

 拓也は不審に思い声をかける。

「高橋さん?」

 すると美音はハッとしたように我に返る。

 美音は動揺したような表情を浮かべていた。

「え!? これってもしかして……」

 美音は信じられないという顔をしていた。

 拓也は心配そうに尋ねる。

 美音は躊躇いがちに答える。

 彼女の答えに、彼は言葉を失った。

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