告発者は幽霊

kou

第1話 許されない恋

 警察署に一人の少女が訪れていた。

 やや大人びた顔立ちをした年頃の少女なのは、今年高校を卒業して大学生になったばかりだからだ。

 肩口で切り揃えられた艶やかな黒髪と、どこか眠そうな目つきは、彼女の普段の物静かで落ち着いた雰囲気を物語っているようだった。

 名前を高橋美音みおんと言った。

 高校を卒業し実家を離れての、初めての一人暮らしの新生活も始まり、大学にも慣れてきた頃合だった。

 そんな時に、美音は自宅アパートが空き巣に入られてしまったのだ。

 美音が留守だったので、その身に危険が及ぶことはなかったが、部屋に置いてあったノートパソコンや、使わなくなったスマホなどが盗まれてしまた。

 幸先の悪い出来事に落胆したのが2日前。

 落ち込んでいる美音に警察から連絡があった。

 それは、犯人が捕まったという連絡だった。連絡によると盗まれた物も発見されたということだ。

 美音は受付で、ことの仔細を伝えると奥の部屋へ案内された。

 机には美音のノートパソコン、スマホがあった。

「ご確認下さい」

 刑事に言われ、美音は機器に電源を入れデータを確認する。

 間違いなく自分の持ち物だ。

「はい。確かに私の物です」

 一通り調べ終わった後、美音は刑事にお礼を言う。

「良かったですね」

「はい。こんなにも早く犯人を捕まえて頂き、ありがとうございます」

 すると刑事は困惑した表情をし、美音もそれに気づく。

「どうしました?」

 不思議そうに首を傾げる美音に、刑事は何とも言えないといった様子で答えた。

「実は、犯人は自首して来たんです」

 それを聞いて美音はさらに驚いた。

 まさか、空き巣犯が犯人の方からやって来るとは思わなかったからだ。

「自分で犯行を行ったのに、後になって自責の念に耐えられなくなったんですか?」

 美音が問うと、刑事は首を横に振った。

「……いや。何と言いますか、犯人は祟られたと言っているんです」

 刑事の言葉の意味がよく分からず、美音は怪しげな視線を向けた。

 刑事はその視線を受けて慌てて付け足すように言う。

「幽霊に取り憑かれたと……」

 それから刑事は乾いた笑いをした。


 ◆


 美音は自宅アパートに帰宅していた。

「幽霊……」

 美音は、ふと零す。

 あのあと、詳しい話を聞くために警察署に残ることにしたのだが、刑事からは大して有益な情報は得られなかった。

 犯人である男は精神状態が非常に不安定になっており、何を言っても支離滅裂で要領を得なかったらしい。

「ま、まさかね」

 美音は独り言ちると、頭を振る。

 自分に言い聞かせるが、それでも不安が拭えない。

 なぜならば、美音自身が体験しているからだった。

 この部屋で起こったことを……。

 夜に突然インターホンが鳴らされ、ドアスコープ越しに外を見ると見知らぬ若者が立っていたのだ。

 最初は悪戯かと思ったが、その若者の様子は明らかにおかしかった。

 気味が悪くなった美音は警察に通報しようかどうか迷ったが、その時はなぜかそんな気にならなかった。

 そのまま放っておくと、やがて若者は立ち去った。

 美音は思い返す。

 今更悩んでも意味のないことだ。

 美音はノートパソコンを開き、大学の課題を進めようとした。

 すると、画面の端に人の姿が写り込んだ。

 ぎょっとして美音が振り返ると、そこに一人の若者が立っていた。

 背丈が高く痩せ型の体つきをしている。

 髪は長く後ろで一つに束ねられていた。

 年齢は20代半ばくらいだろうか。

 若者の表情は虚ろで、瞳には生気が感じられない。

「だ、誰!? どこから入って来たの!」

 美音は驚いて声を上げるが、若者は返事をしない。美音は心臓の鼓動が速くなっていくのを感じる。

「……驚かせて、ごめんなさい。僕はどこからでも入って来れるんです」

「どこからでも。って、どういうこと?」

 若者は質問に答える代わりに、腕を壁に向かって突き入れる。

 若者の腕は水面に腕を入れるように抵抗もなく入った。

「僕。幽霊なんです……」

 若者は悲しそうな表情で言った。

 美音は自分の目を疑った。

 目の前で起こっていることが信じられないが、冷静に事態を受け止める。

「もしかして、空き巣犯に取り憑いたのって……」

 美音が尋ねると、若者はゆっくりと肯く。

 犯人が取り憑かれていたのは、やはりこの若者だったようだ。

「……でも。どうして?」

 美音は幽霊の行動原理について理解できずにいた。

「それは。高橋さんの助けになりたいと、そう思ったからです」

 若者は真っ直ぐに美音の目を見て答えた。

 嘘偽りのない真摯な態度に、美音は思わず胸が熱くなる。

 それと同時に、なぜ自分が選ばれたのか疑問に思う。

 何か理由があるはずだ。

 そうでなければ、わざわざ幽霊が人助けなどするはずもない。

 美音はその理由を訊いてみることにした。

 すると、意外なことに若者はすぐに答えてくれた。

「……それは、僕が高橋さんのことが……。好きだからです」

 若者は照れ臭そうに言う。

 それを聞いて美音は戸惑う。

 生者と死者。

 それは、許されない恋だった。

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