第57話 決闘を制してみた
聖騎士が大地を転がる。
うつ伏せに倒れたまま、起き上がらない。
闇属性の黒い魔力が霧散して消えた。
意識が途切れて解除されたのだろう。
(勝った……のか?)
俺は無防備に突っ立って聖騎士を眺める。
もしここで粘られたら終わりだ。
さすがにこれ以上は動けない。
まだ策は残しているが、もはやそれを使う力がなかった。
何もできずに立っていると、誰かが俺と聖騎士の間に割って入る。
それは職員だった。
彼女は俺達を交互に見やってから、周りに聞こえる声量で高らかに宣言する。
「さて、勝負は決しました! これはまさかの結末でしたねぇ。驚いている方も多いでしょう。話したいことも多いはずです。そんな皆様はぜひ、ギルドの酒場を利用してくださいね。本日は特別価格でご提供します!」
冒険者から歓声が沸き上がった。
彼らは楽しそうに感想を言い合いながらギルドの酒場へと移動していく。
命懸けの戦いも、第三者からすれば娯楽に過ぎないのだ。
きっと賭けもしていたに違いない。
もし俺に賭けた者がいたのなら、さぞ大儲けしたことだろう。
気が抜けて倒れかけた瞬間、職員が支えてくれた。
彼女は不敵な笑みを湛えて言う。
「いやはや、お疲れ様でした。あなたに賭けたおかげで大金も得られましたし、酒場も繁盛しそうです」
「そのために助力したのか……?」
「まさか。純粋な善意ですとも。賭け試合はちょっとした余興っす」
職員は目をそらして答える。
わざとらしく見えるが、果たしてどこまでが本音なのやら。
きっと照れ隠しも含まれているのだと思う。
大げさに嘆息した職員は、少し声を落として述べる。
「それにしても、散々な戦い方でしたね。結果的に勝てたものの、泥沼の展開に持ち込んだら駄目っすよ」
「……すまない」
「もっと楽に勝てる策はありました。問答無用でやれば、押し切ることもできた場面も多かったです。それをあえて選ばなかったのは、聖騎士を殺したくなかったからですね?」
鋭い指摘だった。
何の気もなさそうな目付きとは裏腹に、誤魔化しが通用しない雰囲気を醸し出している。
彼女の言う通りだ。
俺は聖騎士を殺さずに決闘で勝とうとした。
途中で降参する猶予も与えたのだが、結局は力を尽くした戦いとなった。
手加減したわけではない。
しかし、殺害を視野に入れれば別の戦略が取れたのも事実である。
そこを職員は見抜いてきたのだった。
「別にぶっ殺しても良かったんですよ。何か問題が起きれば揉み消すつもりでしたから。あなたが今、死にかけているのは自分の甘さによる代償です」
「…………」
「まあ、そんなあなただからこそ、周りから好かれるんでしょうけどね」
職員がそう言った直後、駆け寄ってきたビビが抱き着いてきた。
かなりの勢いだったので衝撃が身体に響く。
俺は呻き声を気合で抑えて、ビビをなんとか受け止めた。
ビビは目に涙を浮かべて呟く。
「ご主人……無事でよかった」
「無事とも言えない状態だがな」
「生きてたら大丈夫。すぐに治してもらえるから」
ビビが指差す先には治療術師が立っていた。
彼女は誇らしそうに拳を構える。
「即治療可能」
「いや、しばらくこのままでいい。半端な戦い方をした自分への戒めだ」
俺がそう返すと、職員が脇腹を肘で突いてきた。
「満身創痍がいいなんて、ちょっと変態っすね」
「ご主人が変態でも受け入れるよ?」
ビビの無自覚な追撃を受けて、俺は苦笑交じりに息を吐く。
そして、そのまま意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます