第42話 勝負を挑まれてみた

 素知らぬ顔で料理を口に運びながら、俺はこの状況について考える。

 聖騎士を名乗る男は、ギルド内を徘徊し始めた。

 横目で確認した俺は方針を決める。


(ここは知らないふりをすべきだな)


 聖騎士は死霊術師を倒した冒険者を探しているらしい。

 どこかで噂を聞き付けたのだろう。

 王都に広まるほどの出来事だとは思わなかったが、あの強さを考えると納得できる部分もある。


 無論、ここで名乗り出る気は一切ない。

 面倒なことに巻き込まれることが確定しているからだ。

 別に俺は名誉がほしくてやったわけではない。

 ただ生き延びたかっただけである。

 はるばる来訪した聖騎士には申し訳ないが、ここは徒労で終わってもらうのが穏便なのだ。


 そうだ、ちょうどいいので旅行に出かけよう。

 しばらく街から離れていれば、ほとぼりも冷めているはずだ。

 聖騎士が粘って滞在するにしても、俺達に辿り着くことはない。

 ギルド側にも念押しで秘密にするように頼めばいいだろう。


 聖騎士はしばらく室内を歩き回っていたが、やがて諦めた様子で出入り口へと戻っていく。

 見つからないのも当然だ。

 俺達が死霊術師を倒したことは冒険者に知られていない。

 誰に訊いたところで意味がないのである。


 そのまま出ていくかと思われた聖騎士だったが、ふとこちらを向いて足を止めた。

 彼は興味を示した顔でなぜか近付いてくる。


「おや」


 テーブルまでやってきた聖騎士は胸を張って笑う。

 彼の視線は俺……ではなくビビを捉えていた。


「なかなかの魔力を持ったお嬢さんだ。名前を聞いてもいいかな」


「ビビ」


 二人の問答を見ながら、俺はハラハラとする。

 隠そうとする雰囲気を察知されたのかもしれない。

 聖騎士は穏やかな表情で核心を突く。


「ビビさん。あなたはこのギルド内でも指折りの実力者のようだね。もしかして死霊術師を倒したのはあなたではないかな」


「違うよ」


「では誰が倒したのか知っているかい?」


「知らない」


 首を振るビビは表情を変えない。

 実際はどうか分からないが、少なくとも動揺を見せていなかった。

 聖騎士も特に疑っている様子はない。


(よかった、気付かれていない)


 俺は密かに胸を撫で下ろす。

 しかし、聖騎士の行動はそこで止まらなかった。

 彼は床に片膝をついて述べる。


「そうか。仕方ない、討伐者のことは改めて調べてみよう。それより今はあなたが気になる」


「え?」


 不思議そうな顔のビビの手を聖騎士が握る。

 彼は爽やかな笑みで提案をした。


「僕の騎士団に入らないか。ビビさんなら幹部待遇で歓迎するよ」


 まさかの展開だった。

 討伐者探しから勧誘に移るとは思わなかった。

 周囲もどよめいている。

 聖騎士という有名人から直々に誘われる機会なんてまずない。

 それだけ実力が認められた証拠なのだ。


(ビビを勧誘するなんて見る目があるな)


 俺は聖騎士に感心する。

 やり取りの内容を聞くに、魔力からビビの力量を測ったらしい。

 戦った姿を見たわけでもないというのによく分かるものだ。

 いい加減に声をかけたのでなければ、相当な観察力の持ち主である。


 勧誘を受けたビビは特に表情を変えない。

 彼女は俺の腕に抱き付きながら答えを告げた。


「騎士団には入らない。私にはご主人がいるから」


「ご、しゅじ……ん……?」


 聖騎士が驚愕した顔になる。

 そしてゆっくりと俺を見やった。

 まるで初めて存在に気が付いたとでも言いたげであった。

 顔面蒼白の聖騎士は掠れた声でビビに尋ねる。


「あなたはこの男に従っているのか」


「うん。私はご主人の奴隷」


「なにっ!?」


 聖騎士が勢いよく立ち上がった。

 今度は一転して憤怒に駆られている。

 彼は射殺すさんばかりの気迫を以て俺に話しかけてきた。


「今の話は本当か」


「……ああ」


「こんなに素晴らしい女性を騙して奴隷にしたのかッ!」


「違う」


「じゃあどうだっていうんだ! ビビさんがお前のような男の奴隷だなんておかしいじゃないか!」


 聖騎士は声を張り上げて主張する。

 なんとも自分勝手で視野の狭い考え方だが、それを言えば殺されるのは俺だ。

 至近距離で高まる魔力は人外のそれに近い。

 聖騎士の名は伊達ではないようだ。

 ギルド全体を軋ませるほどの力が張り詰めていた。


(駄目だ。頭に血が昇っている。正論で説き伏せるのは難しそうだ)


 これはどうしたものか。

 下手なことを言うと大惨事が起こりかねない。

 対応に困っていると、聖騎士が絞り出すように宣言する。


「……決闘だ」


「何」


「僕と戦え。ビビさんの尊厳を懸けた勝負だ。もし僕が勝ったらビビさんを解放してもらう。彼女に冒険者の奴隷なんて似合わない」


 聖騎士が踵を返した。

 緊迫した空気の中、彼は出入り口で立ち止まる。

 振り向いた聖騎士は殺気を隠さずに告げる。


「逃げるなよ。地の果てだろうと、必ず僕は追い詰めるからな」


 それだけ言い残した聖騎士はギルドから出て行った。

 静寂に包まれた室内に再び喧騒が戻ってくる。

 一部の人間は愉快そうに俺達を見ていた。

 同情の雰囲気もあるが、ほとんどが新たな暇潰しと考えているに違いない。


 俺はため息を洩らして水を飲む。

 それから小さな声でぼやいた。


「何だったんだ……」


「決闘なんてどうでもいいよ。旅行の話、しよう?」


 ビビは気にしていない様子で食事を再開する。

 彼女の記憶からは、既に聖騎士が排除されつつあった。

 俺はもう一度だけため息を吐いた。

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