第36話 死闘を制してみた
ずっと余裕と慢心を映していた死霊術師の目に驚愕が走る。
彼はよろめいて後ずさり、己に刺さった短剣を凝視した。
「なっ……こ、これは……」
「さっき宝箱で手に入れた全属性の魔術武器だ」
最初は黒い刃から闇属性かと思った。
しかし、内包された魔力と魔術書で得た知識により、それが勘違いだと判明した。
短剣が全属性の触媒だと知った俺は、賭けに打って出た。
錆びた剣で攻撃する直前、闇魔術の収納に入れていた短剣をもう一方の手に隠し持ち、光属性符を付与してから刺したのだ。
本来なら難なく防がれただろうが、錆びた剣を囮にすることで成功させた。
これらの騙しの技能は知り合いの盗賊から得たものだ。
相手の意識や視線を誘導することで、本命の一撃を命中させるのである。
どちらかと言うと暗殺術に近いかもしれない。
あまり使う機会がなかったが、覚えておいてよかった。
死霊術師は短剣を引き抜こうとする。
ところが、触れた指が浄化されて溶けた。
どうやら浄化の効果が柄まで浸透しているようだ。
そのせいで握る前に指が崩れてしまうらしい。
鼻血を垂らす死霊術師は、廃墟を背にして叫ぶ。
「くそ、触れられ、ない……!」
その狼狽を見るに、死霊術師が焦っているのは間違いなかった。
俺は治療用の錠剤を噛み砕きながら告げる。
「魔力の流れからして、強い力を持っていることはすぐに分かった。お前にどこまで通用するか未知数だったが、その様子だと致命傷らしいな」
「ま、まさか……賭けに出たのか。正体の分からない魔術武器に、頼るなど、馬鹿げている……っ」
「そうでもしないと勝てない戦いだった。平凡な俺に死霊術師の相手は荷が重すぎる」
俺は荒い呼吸を整えながら言う。
心臓が痛みを訴えていた。
脱力感も凄まじく、今にも気を失いそうだった。
錆びた剣と黒い刃の短剣を使い、左右の手でほぼ同時に属性付与を行ったのだ。
魔力が枯渇寸前でそんな無茶をやったため、肉体への反動が大きい。
追撃どころか、その場から動けないほど疲弊している。
短剣の処置を諦めた死霊術師は禍々しい殺気を発散させた。
怒り狂う彼は俺を睨んで構えを取る。
「もう勝ったつもりで、いるのか……憐れだなァッ!」
何らかの術を行使させる気だったのだろう。
しかし、その前に死霊術師は大量に吐血した。
膝をついて再び血を吐き出す。
鼻や目からも、どろどろと鮮血が流れた。
「ゲブァッ!?」
激しく血を吐く死霊術師は、震える手を動かす。
やはり何も発動しない。
それどころか指先から崩壊が進み、再生もされず朽ちていく。
死霊術師は血走った目で吼えた。
「な、なんだこの短剣は……僕の魔力を、聖属性に変換している……ッ!?」
動くことができない俺の前で、死霊術師の肉体が崩壊が悪化する。
まず四肢が蒸発して倒れた。
短剣の刺さる脇腹を中心に、胴体も浄化されていく。
死霊術師の顔が驚愕と怒りが染まる。
憎悪に狂った目が俺を射殺さんばかりに睨んできた。
「ばか、な……たまたま手に入った魔術武器で、殺される、など」
その言葉を最期に、死霊術師が干からびていく。
肉が黒ずんで腐って本来の姿を晒す。
そして端から消滅していった。
もはや立ち上がることもできなくなった死霊術師は、枯れた声で喚く。
「ふざけるな……貴様程度の人間に、我が……ぁッ!」
声が反響する中、死霊術師の全身が浄化された。
僅かに残った消し炭のようなものが、風に吹かれて霧散する。
奴の痕跡は、身に着けていた遺品のみとなった。
あの邪悪な魔力はもう感じられない。
(倒したのか?)
しきりに辺りを見回すも、グールはやってこない。
俺を油断させるための罠というわけではなさそうだった。
どうやら本当に死霊術師は消滅したらしい。
一か八かで使った短剣が致命傷となったようだ。
「まさか偶然手に入れた武器が決定打になるなんて……」
俺は黒い刃の短剣を拾う。
もちろん触れたところで害はない。
ただの魔術武器である。
死霊術師は、魔力が聖属性に変換されたと言っていた。
そんな特殊効果があるのだろうか。
専門家ではないので、俺には判断が付かない。
しかし、あまりにも都合が良すぎる。
グールに追いかけられている最中に入手した短剣が、親玉である死霊術師を一撃で殺せるほどの力を持っているなんて。
何か作為的なものを感じる。
結果として俺は命を救われた立場だが、なんとなく違和感を覚えた。
その時、不思議な声が脳内に声が響く。
『悪い人を倒してくれてありがとう。それはお礼にあげるね』
「誰だ!?」
俺は反射的に応じる。
謎の声はすぐに返答した。
『ずっと邪魔だったから……倒してくれる人、待っていたの。渡した武器も使いこなしてくれたね』
声は俺の問いを無視して好き勝手に語る。
ただ、言いたいことは分かった。
その内容からして、死霊術師と敵対関係にある存在なのだろう。
さらに短剣を宝箱に仕込む形で俺に授けたのだと思われる。
具体的な正体は不明だが、声に悪意はなかった。
俺はそれから何度か呼びかけるも、謎の声が応じることはなかった。
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