第35話 最後の一撃に賭けてみた

 俺と死霊術師は廃墟を舞台に攻防を繰り広げていた。

 もはや自分の消耗は考慮していない。

 加減をしながら戦えるような相手ではないのだ。

 己の死すらも受け入れて、全力を尽くさねば殺すことができない。


 遠くから戦闘音がする。

 ビビがグールの大群と戦っているのだ。

 かなり無茶な指示を出したのは自覚しているが、あの場では他に案を思い付かなかった。


 ビビの強みは体術と剣術と風魔術だ。

 いずれも打撃か斬撃に特化しており、速度を活かした連撃は他の追随を許さない。

 ただし、それだと明確な弱点を持つグールは倒せるが、どこを攻撃しても修復する死霊術師とは相性が悪すぎる。

 どれだけ切り刻んでも元通りになるのだから、さすがのビビでも厳しすぎる。


 俺とビビで連携して戦うという作戦も考えたが、そうなると死霊術師とグールも同じように連携するだろう。

 結果的に戦力差で押し切られるのは目に見えていた。

 だから役割分担が最適なのだ。

 こちらの方がまだ勝ち目があると俺は判断した。


(それでも綱渡りの連続だけどな……)


 俺は半壊した剣を振りながら思う。

 現在、死霊術師は一体のグールも連れていない。

 理論的にはかなり弱くなっているはずだが、尚も手に余る強さを誇示している。


 各属性の魔術で攻撃しても効きが悪く、毒も同様の反応だった。

 アンデッド化した死霊術師は痛覚が鈍い。

 たとえ目に毒を浴びても平然としており、決定的な隙を見せることがない。

 肉体が溶けてもすぐに再生し、真っ二つになっても落ち着いているのだ。

 苦痛で怯むのを期待するのは間違っているだろう。


 一方で俺は極度の疲労に苛まれている。

 ずっと命がけの戦いを続けているせいだ。

 魔力の消耗も激しく、指輪に充填した分も切れそうだった。

 攻撃手段は徐々に狭まっており、追い詰められているのは明白である。


 そんな中、死霊術師が靄を破裂させた。

 咄嗟に盾で防ぐも、衝撃で俺は地面を転がる。

 鞄が破れて残り少ない毒や薬といった道具が散乱した。

 立ち上がろうとした俺は、見慣れない武器に気付く。


 それは黒い刃の短剣だ。

 ビビが宝箱から入手して受け取っていたのである。

 俺は正体不明の武器に注目する。


(この刃の色……まさか)


 一つの推測が浮かぶも、それを表情には出さないように努める。

 死霊術師に気取られると破綻しかねない。

 とにかく何もなかったかのように装わねばならなかった。


 俺は散乱した物をまとめて闇魔術の収納に収める。

 貴重な魔力が減っていく感覚に顔を顰めるも、俺の思惑を悟られてはならない。

 これも必要な行為なのだ。


 残る魔力回復薬を一気飲みして、俺は死霊術師と対峙する。

 彼は腕組みをしてこちらを眺めていた。

 その顔は余裕の笑みを湛えている。

 俺は深呼吸をして思考を整える。


(やるしかない。危険は承知で仕掛ける)


 死霊術師は、靄の触手を尻尾のように揺らしながら嘲笑していた。

 邪悪な双眸は殺気を仄めかせている。

 彼は冷淡な口調で述べた。


「そろそろ死んでくれないかな。君と違って僕は多忙な身なんだ」


「俺は、運が良い……」


「何を言っている。絶望で狂ったのかな」


「お前を殺す手段があった」


 そう宣言した俺は、死霊術師に向かって攻撃を仕掛ける。

 錆びた剣が白い光を帯びる。

 死霊術師から伸びた靄の触手が分裂して俺に突き刺さるが、構わず前進し続けた。

 即死しなければそれでよかった。

 この攻撃にすべてを懸ける。

 猛烈な痛みを気力で捻じ伏せて叫ぶ。


「うおおおおおおぉぉぉッ!」


 俺は強引な接近から刺突を放った。

 死霊術師の心臓を狙ったその一撃は、しかし胸に食い込む形で止まっていた。

 浄化の力を宿した刃は、割り込んできた両腕と闇魔術の壁を貫通している。

 それらに勢いを殺されて心臓まで届かなかったのだ。


 あと一歩でも踏み込めれば。

 しかし、その余裕も残されていない。

 靄の触手を食らった俺は、立っているのもやっとの状態だった。

 意識が朦朧として、視界がぼやけている。

 多量の出血で寒気も酷い。


 死霊術師は剣を振り払って後ろに下がった。

 浄化を受けた両腕が崩れるも、徐々に再生し始める。

 それなりの損傷になったようだが、死とは程遠い様子だった。


「聖魔術の属性付与……来ると思ったよ。不死者を殺すのに最も適している。君の切り札だ。刺突で体内から浄化すれば倒せると思ったわけだね」


「…………」


 俺は無言で睨み付ける。

 聖属性を付与した剣は、耐久力が限界に達して刃が砕け散った。

 丸腰になった俺を見て、死霊術師は勝利を確信する。


「これでもう終わりかな。君は失敗した」


「いや、狙い通りだ」


 血みどろの俺は震える手で指を差す。

 死霊術師の脇腹に、黒い刃の短剣が深々と刺さっていた。

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