第34話 死力を尽くしてみた

 真っ二つになりかけた死霊術師の傷が修復していく。

 靄が繋ぐ斬痕が薄れて消えた。

 奴は優れた再生能力を持っているようだ。

 即死するような傷でも瞬時に治せるらしい。

 平然としているのはきっと強がりではなかった。


 俺は視線を外さないままビビに伝える。


「死霊魔術の使い手は肉体をアンデッド化させていることが多い。物理的な破壊は効きづらい」


「不死身なの?」


「いや、殺す手段はいくらでもある。アンデッド特有の弱点や、魔力切れを狙えばいい」


「その通り。さすが中堅どころの冒険者だね。分析力が高い。ただし、君の作戦には欠陥がある」


 嬉しそうに口を挟んできた死霊術師は、周囲のグールを指し示す。

 彼は邪悪な顔で舌を出した。


「この戦力差をどう覆す?」


「策はある」


 そう返した俺は駆け出した。

 体内の魔力操作に集中しながら、後方のビビに指示を送る。


「グールは任せた!」


 返事を聞く前に光魔術の浄化を発動させた。

 人間にとっては少し眩しいだけだが、アンデッドには害がある。

 立ち並ぶグールは怯み、死霊術師の皮膚が僅かに溶けた。

 人間なのは外見だけでやはりアンデッドなのだ。


 俺は光魔術で作った猶予で死霊術師に接近し、怪力の腕輪を発動させる。

 僅かな効果を感じつつ、奴の腹に掌底を打ち込んだ。

 その際、雷魔術を上乗せして吹き飛ばす。


「おっ」


 死霊術師が激しく地面を転がっていく。

 俺は追いすがるように飛びかかり、雷魔術を纏わせた拳で殴った。

 それを何度か繰り返すと、付近にビビとグールの姿はなくなった。


 上手く距離を稼げたようだ。

 無理な攻撃を連発した片手は焼け焦げていたが、作戦通りに進んだので良しとしよう。

 これ以上の追撃は無理だと判断し、俺は水魔術で応急処置を行う。


 その間、死霊術師は四肢を投げ出して倒れていた。

 雷魔術の殴打で傷だらけになった肉体が、だんだんと再生している。

 風魔術の時より速度が遅いのは、損傷の具合や属性的な相性のためだろう。


 俺と死霊術師はほぼ同時に治療を完了させた。

 廃虚に囲まれた狭い路地で相対する。

 死霊術師は半笑いで言う。


「二手に分かれるのは構わないけど、君一人で僕を倒せるかな」


「やれると思ったから実行している」


 会話に応じる俺は、脳内で無数の作戦を立てていた。

 死霊術師は慢心している。

 俺との能力差を正確に把握し、負けることがないと結論づけているのだ。

 これを利用しない手はない。


(魔術の間合いで戦うのはあまりにも不利だ。近接戦闘で押し切るしかない。再生能力にも限界があるだろう)


 俺は死霊術師に斬りかかる。

 ひたすら攻撃を繰り出して魔力を枯渇させる。

 地道だが確実に倒せる方法だ。

 とにかく相手の苦手な間合いを維持して、再生する隙を与えないようにしなくてはならない。


 対する死霊術師は、闇魔術の靄で斬撃を防ぎ続ける。

 それ以外は何もしない。

 特に切迫した様子でもないので、あえての様子見を選択したのだろう。


 闇魔術に触れた剣がだんだんと錆びていく。

 これは長持ちしそうにない。

 属性付与で保護しても同様だろう。

 俺の魔力ではとても維持できず、ただ浪費することになる。

 死霊術師は、後ろに下がりながら俺を挑発する。


「あの子だけでグールは殲滅できないよ。あまりに無謀な賭けだ。馬鹿な主人を持った奴隷は苦労するね」


「勝手に言ってろ。俺はビビを信じている」


 断言しながら斬撃を放つ。

 火属性を付与した切っ先が死霊術師の鼻を焼き切った。

 しかしすぐさま再生する。

 お返しとばかりに靄が伸びて俺に纏わりつこうとした。

 俺は一瞬だけ光魔術を使って跳ね除けると、踏み込んで刺突で反撃する。

 胸を刺された死霊術師は、高らかに笑って後退した。


「平凡だ。技も力も平凡すぎる。唯一の個性と言えば、全属性の魔術くらいか。それも微弱すぎて話にならない」


「黙れ」


「グールを使わずとも君を殺すのは容易いことだ。これまで幾人もの冒険者を葬ってきた。君より強い冒険者ばかりだったね。最初から勝ち目なんてないのだから、早く諦めた方がいい」


 死霊術師は廃虚にもたれて悠々と言ってのける。

 俺は即座に剣を振るうも、何層にも重ねられた靄に遮られた。

 剣の錆がさらに悪化し、先端が折れて砂状になる。


(考えろ。活路を見い出せ……!)


 靄を防壁でやり過ごし、至近距離で浄化を発動した。

 死霊術師の体表がぐずぐずに融解するが、瞬く間に治っていく。

 俺の魔力量と練度では、光魔術も致命傷にならないのだ。


 だが、やり遂げるしかない。

 俺は歯を食いしばって浄化を連発する。

 不気味に笑う死霊術師の肉体が、破壊と再生の拮抗で蠢いていた。


(術者を潰せばグールも止まる。少なくともビビは助かるんだ。刺し違えてでもこいつを倒さなくては)


 速まる鼓動を聞きながら、俺は命を振り絞る覚悟で魔力を注ぐ。

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