第33話 魔術師と対決してみた
魔術師の杖から黒い靄が発生する。
それが触手のような形となり、俺達を狙って伸びてきた。
(闇属性の魔術か……!)
魔術師の顔には、陰鬱な笑みが浮かぶ。
敵であるのは間違いない。
瞬時に判断した俺は、ビビを庇って突き飛ばした。
闇魔術の靄を盾で振り払うも、攻撃は素通りしてしまう。
漆黒の靄が右肩に絡み、締め付けられるような痛みを与えてきた。
加えて寒気を伴う脱力感に襲われる。
俺は呻きながら光魔術を放ち、靄を相殺して距離を取った。
「ぐっ」
右肩を一瞥する。
防具が錆びて内側から出血していた。
あのまま絡み付かれていたら危なかった。
高確率で命を奪われていただろう。
俺は水魔術で素早く治療し、痛みを緩和させる。
無事だったビビが俺に寄り添ってきた。
「ご主人、平気?」
「なんとかな」
しつこく追跡してくるグール達が、ぴたりと止まっていた。
先ほどまでの勢いを忘れて、少し離れた場所に留まっている。
数体は魔術師のそばに近付いて跪いた。
その光景に俺は目付きを鋭くする。
(グールを操っているのか)
俺が訝しんでいると、魔術師が嘲笑を洩らした。
彼はそばに控えるグールの頭を叩きながら発言する。
「さすがだね。ここまで上手く逃げられるとは思わなかった。僕の想定では既に一人殺しているはずなんだが。君達を見くびっていたようだね」
「誰だ」
「名乗るわけがないだろう。いつ呪われるか分かったものじゃない。君のように小器用な奴は特にそうだ。凡人だからこそ手段を選ばない」
魔術師は憎々しげに言う。
まるで俺のことを知っているような口ぶりだ。
いや、たぶん調べているのだろう。
理由は不明だが、こいつは俺達のことをよく知っている。
魔術師は四つん這いになったグールに腰かける。
その姿勢で俺に尋ねた。
「ところで、あのトロールは気に入ってくれたかな。僕が用意したものなんだ」
「なるほど。お前が冒険者殺しの死霊術師か」
俺は納得がいった。
状況が分からないビビがすぐに問いかけてくる。
「誰なの」
「迷宮を根城にする邪悪な魔術師だ。深層にしか現れないと聞いていたが、方針を変えたらしい」
ギルドでも討伐依頼が出ていたので印象に残っている。
確か数年前から被害が多発していたはずだ。
魔物と同等の扱いとされており、殺害証明をすると多額の報酬が支払われる。
グールを死霊魔術で操っている時点でその予感はしていたが、まさか遭遇するとは思わなかった。
神出鬼没な術師で、それなりに有名な冒険者パーティでさえ全滅させた過去がある。
ようするに高い実力を持っているのだ。
そして、迷宮内の冒険者を殺すことに躊躇いがない。
死霊術師は不気味な笑みを深めた。
彼は優雅に足を組んで悠長に語ってみせる。
「僕は研究者だ。必要とあらばどの階層にでも出向くさ。試作型の死霊鎧を奪った君達に興味を抱いたので、こうして待ち伏せしていた次第だ」
トロールを殺した俺達を監視していたらしい。
あれがきっかけだったのだ。
妙な魔物がいると思ったが、この男が仕掛けていたのである。
死霊術師がグールの椅子から立ち上がった。
彼は両手を広げて俺達に要求する。
「単刀直入に要求しよう。下僕になってくれ」
「断る」
「この状況が分からないのかな。あまり反抗的な態度を取るのは感心しないね」
死霊術師は嘲りを隠さずに言う。
俺は反論できず、周囲のグールを睨み付けた。
今は何もせずに突っ立っているが、死霊術師の命令一つで再び襲いかかってくるに違いない。
戦いになると圧倒的に不利だ。
しかし、話し合いでどうにかできる相手ではない。
向こうは平和的な解決を望んでいなかった。
死霊術師の下僕となれば、それはすなわち醜いアンデッドになることを意味する。
要求を呑んだ時点で、俺達はグールの仲間入りを果たすわけだ。
つまりその選択は論外である。
ここからどう立ち向かえばいいのか。
俺が逡巡していると、先にビビが動いた。
彼女は風魔術による加速で死霊術師に迫る。
「私がやる」
ほぼ一瞬で距離を詰めたビビが剣を振り下ろす。
属性付与の加わった風の斬撃が、死霊術師の身体を縦に割った。
しかし男の笑みは崩れない。
断面から滲み出す靄が、切り分けられた肉体を繋ぎ止める。
死霊術師は何事も無かったかのように述べる。
「なかなかの切れ味だね。僕が人間なら死んでいた」
「えっ」
攻撃に失敗したビビにグールが喰らい付こうとする。
俺は彼女を抱き寄せながら防壁の指輪で防いだ。
死霊術師が手を振ると、またもやグールは下がって大人しくなる。
「その指輪、便利だね。気軽に使える割には性能が破格だ」
死霊術師は呑気に感想を口にする。
俺は無言で視線を返した。
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