第32話 アンデッドから逃走してみた

 俺は建物の扉を閉めて、引き倒した棚で塞ぐ。

 しかし、割れた窓からグールが侵入しようとしてくる。

 穴だらけの廃虚では籠城に不向きだった。

 俺とビビは急いで裏口に回ると、グールがいないことを確認してから外へ飛び出した。

 そこからさらに隣家へと駆け込む。


 振り返ると大勢のグールが迫ってくるところだった。

 追いつかれる速度ではないが、危機感を煽られる光景である。

 この廃虚街という地形もグールの脅威を引き上げていた。

 袋小路に入り込むと終わりだ。

 常に注意を払って逃走経路を選ぶ必要がある。


(凄まじい密度だ。気を抜くとあっという間に囲まれてしまうな)


 俺達は建物を次々と通過して走り続けた。

 グールは無尽蔵に湧いてくる。

 戦おうとすれば物量に負けて死ぬ。


(階段はどこだ?)


 視線を右に向けた瞬間、反対側からグールが掴みかかってきた。

 物陰に潜んでいた個体に気付かなかったのだ。

 押し倒された俺は後頭部を地面に打つ。

 口を開けたグールが噛み付こうとしてきたので、盾を割り込ませて遮る。

 牙がぶつかるたびに吐き気を催す腐臭が広がった。


 立ち止まったビビが焦った様子で俺を呼ぶ。


「ご主人っ!」


「大丈夫だ。足を止めるな」


 俺は片手に光魔術を発動し、そのままグールの頭に押し付けた。

 焼けるような音が鳴って頭部が融解する。

 脱力したグールの身体を押し退けて立ち上がると、俺はすぐさまビビと並走した。


「光魔術があれば対処は簡単だ。至近距離なら浄化できる」


「さすがだね」


 後方のグールがすぐそばにいる。

 危なかった。

 あと少し手間取っていたら無傷では済まなかったかもしれない。


 木製の扉を蹴破って次の建物に入る。

 出口が塞がれていたので二階へと進んでから外へ出た。

 地面を上手く転がって衝撃を緩和する。

 ビビは風魔術で余裕を持って着地していた。

 こういった動作でお互いの能力差がはっきりとしてくる。


 跳びかかってきたグールを盾で殴り倒しつつ、俺はビビに忠告する。


「噛み付かれたり、引っ掻かれたら教えてくれ。処置せずに時間が経つと腐り落ちるからな」


「怖いね」


「光魔術や聖水で対処できるから、そこまで怯えなくていい」


 どちらの処置も俺には可能だ。

 だから腐蝕の心配はない。

 とは言え、噛み付きや引っ掻きによる負傷で死ぬ恐れはある。

 グールの怪力で攻撃されると、一撃で致命傷になりかねなかった。

 今は治療の暇もない局面だ。

 少しの傷でも避けたいところである。


 建物から建物へと移動する最中、ビビが何かに気付いた。

 彼女は近くの壁を剣で切り裂く。

 崩れた壁の先には小さな宝箱が設置してあった。

 風魔術の感知で隠されていることを察ししたのだろう。

 彼女は嬉しそうに報告してくる。


「宝箱があったよ」


「調べてくれ。こっちは手が離せない」


 押し寄せるグールを留めながら俺は言う。

 防壁の指輪で無理やり封鎖しているが、破られるのは時間の問題だった。

 かなりの力技である。

 別の場所から入ってきそうなグールには光魔術の浄化を放つ。

 光を密着させるのが一番だが、近くで発動するだけでも効果はあるのだ。

 ビビが宝箱を調べる間、俺は踏ん張って撃退を続ける。


 やがてビビが宝箱を開いて中身を持ってくる。

 彼女の手には黒い刃の短剣が握られていた。

 何らかの魔術武器のようだが、詳しい効果は分からない。

 そもそも悠長に分析している場合ではなかった。

 防壁を解いた俺は、ビビから短剣を受け取って走る。


「帰ったらギルドで調べてもらうか」


「うん」


 溢れ返るグールを前に、俺達は階段を上がっていった。

 二階もグールに占領されつつあったので三階へと向かう。

 さすがに三階はまだ無事だった。

 ただし廃墟なので床や天井に穴が開いて、激しく動くだけで壊れそうである。

 歩くたびに軋んでおり、かなり心許ない印象を受ける。


 密集したグールが腐臭を充満させて階段を上がってきた。

 呑まれれば即死だろう。

 ビビは階段を一瞥して剣を構える。


「来たよ」


「隣に飛び移るか」


「いけるの?」


「問題ない。さあ、行くぞ」


 俺とビビは同時に疾走を始めた。

 穴の開いた床を避けながら窓へと向かって、一気に外へと飛び出す。

 刹那の浮遊感の後、隣の建物の屋根に着地……しようとして重みで崩落した。

 そのまま次々と床をぶち抜いて一階にまで至る。


 木片に埋もれる俺は、鈍痛に顔を顰めながら立ち上がった。

 痣はできているだろうが、たぶん骨は折れていない。

 見上げると、俺が落ちて作った穴をビビがゆっくりと降下してくる。

 風魔術を持つ彼女は落下を免れたらしい。

 俺の魔力量では真似できない技である。


 隣家を覆っていたグールが今度はこちらへと迫ろうとする。

 互いを踏み潰して下りてくると、呻き声の合唱と共に歩き出した。

 俺は逃走を再開しながら考え込む。


「しつこいな。グールがここまで追いかけてくるのは不自然だ」


「でも来るよ」


「ただの大量発生ではなさそうだな。何か悪意を感じる」


「――ご名答」


 すぐそばで愉快そうな男の声がした。

 俺は反射的に横を見る。

 物陰に立つ魔術師が、杖をこちらに向けていた。

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