第31話 廃虚街を訪れてみた

 迷宮に入った俺達は、草原や遺跡の階層といった無難な区画を突破していく。

 別に特筆することはない。

 強いて言うなら、新しく買った装飾品を試したくらいだろうか。  


 光源の指輪は遺跡の探索で役に立った。

 かなり長持ちする構造らしく、使い続けても半日は持ちそうだった。

 ただし明るいままだと魔物から見つかりやすい。

 使う状況は考えねばならないと思った。


 怪力の腕輪は、想定よりも性能が低かった。

 発動しても普段との差はあまりなく、魔力の浪費ではないかと感じてしまったほどだ。

 それでも強化されるのは確かである上、本命は魔力充填なので後悔はしていない。

 市場の買い物で失敗するのはありふれた出来事だ。

 いちいち落ち込んでいたらきりがない。


 魔力蓄積の首飾りは大活躍している。

 装着しているだけで自然と魔力が回復していくのだ。

 多少の消耗を気にせずに術を行使できるのは便利である。

 別に俺専用の装備というわけではないので、状況次第でビビに渡すこともできる。

 地上に戻ったら武具屋の店主には礼を言わねばならないだろう。

 やはりあの店は外れがない。


 ここまでの収穫を確かめながら階段を下りていく。

 次に待っていたのは、一面に廃虚が立ち並ぶ階層だった。

 うっすらと霧が広がって視界が悪く、微かな腐臭も漂っている。

 不気味な静寂の中、俺は辺りを見回した。


「珍しいな。廃虚街の階層だ」


「すごく広いね」


「解析した冒険者によると、草原型と同じくらいの面積らしい。しかも建物がある分、探索箇所は比較にならないほど多い。ただし、魔物の奇襲も頻発するから注意していこう」


「分かった」


 俺達は廃虚街を進む。

 老朽化した建物は部分的に崩れ落ちていた。

 迂闊に踏み込もうとすると、思わぬ怪我をしてしまいそうだ。


 しかし、こういった階層には宝が眠る確率が高い。

 探すのが手間だが、じっくりと調べるのも悪くない場所だった。

 ここまでの階層では大した稼ぎが得られなかったので、どうにか利益を上げておきたい。


 意気込みながら歩いていると、ビビが手で制してきた。

 彼女は顔を顰めて俺に告げる。


「前から来るよ……臭い」


 物陰から足音がした。

 呻き声を洩らして姿を現したのは、体表が腐敗した人間だ。

 破れた衣服を揺らしながら、ふらついた足取りで迫ってくる。

 俺はすぐさま剣を抜いて盾を構えた。


「グールか」


「アンデッド?」


「そうだ。怪力と再生能力を持っている。首を飛ばすか心臓を破壊すれば死ぬが、少し面倒な相手だ」


 グールは中位のアンデッドだ。

 対峙して死を覚悟するような魔物ではないものの、決して雑魚ではない。

 弱点を確実に狙う技量がないと、苦戦は必至とされる。


 もっとも、俺は過去に何度もグールを倒したことがあった。

 どうやって対処すればいいかは心得ている。

 ビビは初対面だが、彼女の才能と経験があれば問題ないだろう。

 風魔術を使うことで安全に攻撃できる。


「協力して倒すぞ」


「待って。何かおかしい」


 ビビが深刻な顔をしている。

 その直後、周囲の廃虚から続々とグールが出てきた。

 見える範囲だけでも数十体の規模だ。

 雪崩れるように溢れる様を見るに、まだ他にも控えているらしい。


 大量のグールが押し合いながら接近してくる。

 後ずさろうとするも、退路もとっくに塞がれていた。

 突発的に魔物が湧き出てくるのは迷宮特有の現象である。

 漂う霧が魔力を誤魔化して感知を遅らせたのだろう。

 俺は苦い顔でグール達を睨む。


「不味いな、囲まれた。何らかの罠が発動したようだ」


「どうするの」


「逃げる。この数と戦うのは危険すぎる。さっさと次の階層への階段を探すぞ」


 俺は近くの建物へと駆け出した。

 進路上のグールを盾で殴り飛ばしつつ、ビビと共に室内に退避する。

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