第29話 認識を改めてみた

 ビビが職員をじっと見る。

 それから目を輝かせて言った。


「職員さん、すごい人だったんだ」


「それほどでもあるっすね。尊敬してくれちゃってもいいっすよ?」


「うん。尊敬する」


「素直っすねぇ」


 職員が苦笑する。

 冗談のつもりが真面目に返されたからだろう。

 ビビは純粋すぎるところがある。

 ちょっとした皮肉の類は伝わらない。

 職員のような曲者にとっては、調子を崩される相手だと思う。

 毒気を抜かれる感覚に近いかもしれない。


 肩の力を抜いた職員は、俺達の横を通って街の出入り口へと歩いていく。

 その際、こちらを振り返って手を振ってきた。


「じゃあ行ってきます。お二人のお土産も買ってきますね」


「いいのか?」


「当然でしょ。いつもお世話になってますからね」


 職員は爽やかな笑顔で言う。

 別に世話をした覚えはなかった。

 お互いにギルドで顔を合わせるくらいの仲である。

 それなりの頻度で話すものの、仕事外での付き合いはほとんどない。

 土産を買うなら、もっと他に適した人間がいるのではないか。


(いや、適度な関係性がちょうどよかったのだろうか)


 高い実力を持つ者は、人間関係すら束縛されがちだ。

 それは身分を隠している職員も同様であった。

 どれだけ偽っても話を聞き付けてくる者はいたに違いない。

 面倒事が嫌いだからこそ、ギルドでもあまり目立たないように振る舞っているのだと思う。

 実際、彼女が他の冒険者と親しげに接する姿はあまり見たことがなかった。


 平凡で孤独気味な俺だからこそ、無害だと判断されて話すようになったのかもしれない。

 職員とは馬鹿なことを言い合える間柄だ。

 そこを気に入られたと解釈しておく。

 あまり深く考えるのは野望だろう。


 俺とビビは職員に手を振る。


「土産を楽しみにしている」


「気を付けてね」


 職員は嬉しそうに立ち去った。

 どれくらいの出張かは知らないが、しばらくすればまた会えるだろう。

 竜殺しの話を聞きながら酒を飲むのも悪くない。


 残された俺達はまた歩き始めた。

 予定していた買い出しはすべて完了している。

 あとは宿に戻るだけだった。

 その途中でビビが呟く。


「職員さん、英雄なのかな」


「そう呼ばれているかは知らないが、実力的には間違いなく該当するだろう。竜を倒せる者を一般人とは言わない」


「確かに」


「あの治療術師とおそらく同格だろう。俺達が全力を出しても、きっと歯が立たない」


 高位の雷魔術師は天候を操ると聞く。

 あの職員がそこまで可能かは不明だが、少なくとも俺達が敵う相手ではない。

 英雄に匹敵すると評しても過言ではないだろう。

 それこそ英雄と呼ばれた過去があったとしても不思議ではない。

 個人的な意見を述べると、ビビが小首を傾げて俺に尋ねた。


「ご主人も英雄になる?」


「なりたくてもなれないな。ビビは目指していいと思うが」


「本当に?」


「ああ。頑張ってみるか」


「うん」


 ビビは張り切って頷いた。

 彼女には優れた才能がある。

 今はまだ発展途上だが、これからさらに飛躍していくことだろう。

 その力が腐らないようにするのが俺の役目でもある。

 別に義務や使命なんてないものの、そうするのが正しいと思ったのだ。


 ビビは何かを考えた後、俺の手を握ってきた。


「ご主人も一緒にがんばろう?」


「……努力はしよう」


「うん。英雄を超えるのが目標だね」


「いきなり飛躍したな」


「目標は高い方がいいよ」


 ビビは珍しく強気に言う。

 その姿に思わず笑みがこぼれた。


(ほどほどに平穏な生活ができれば満足なんだがな)


 隣で努力する様を見せられたら、うかうかしていられない。

 自分はまだやれるのではないか。

 そんな気持ちを抱いてしまう。

 宿への帰路に入ったところで、唐突にビビが提案する。


「これから迷宮に行かない?」


「今日は休むんじゃなかったのか」


「気が変わったの」


 ビビは上目遣いに見つめてくる。

 さっそく鍛練をしたいらしい。

 やる気に満ち溢れているのがよく伝わってくる。


 俺は少し考えてから、買い出しの荷物を闇魔術の収納に仕舞った。

 そしてビビの頭を撫でる。


「ちょっと稼いでいい酒を買うか」


「名案だね」


 ビビが笑顔で言った。

 宿への帰宅を中断した俺達は、再び市場へと向かう。


「迷宮に行くなら準備をするか」


「準備?」


「さらに強くなるための手段を考えた」


 俺は不敵に笑って視線を落とす。

 指にはめた二種の指輪が、陽光を受けて光っていた。

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