第28話 買い出しに行ってみた

 猛烈な倦怠感に抗って俺は起床する。

 隣で眠るビビがぱちりと目を開いて微笑んだ。


「おはよう」


「あ、おはよう。よく眠れたか」


「うん。昨日も激しかったね」


「お互いにな」


 治療術師との戦いで気疲れしたが、肉体的には絶好調だった。

 そのためつい盛り上がってしまったのである。

 こればかりは仕方あるまい。

 ビビも機嫌が良いし、俺も満ち足りているのだから、別に反省することもないだろう。


 俺達は身体を洗ってから服を着る。

 ビビは荷物の整理をしながら俺に尋ねた。


「今日も迷宮?」


「いや、休みにしよう。さすがに疲れた」


 別に毎日働く必要はないのだ。

 トロールの防具を売ったことで財布は潤っている。

 昨日は飽きるほど戦闘をこなしたから、今日はゆっくりと過ごそうと思う。


 俺達は宿を出て市場に向かった。

 食糧の買い出しが目的である。

 迷宮探索時の保存食と水を補充しておきたい。

 闇魔術の収納機能で大量に保管できるため、この機会に備蓄を増やしておこうと思ったのだ。


 もっとも、迷宮内で飢えることはあまりない。

 食う物に困れば魔物の肉があるからだ。

 大抵の肉は焼けば食える。

 たとえ毒が含まれていたとしても、今なら魔術でどうにかできる。

 それでも保存食を買うのは、利便性と味の安定感が理由だった。


(俺一人なら構わないが、ビビに変な食事をさせたくないからな)


 市場を見回りながら俺は考える。

 味や栄養価は重要だ。

 美味い食事は冒険者の気力を支えてくれる。

 ビビだけを優遇しても、きっと彼女は遠慮してしまう。

 だから俺も一緒に良い食事をするしかない。

 二人で活動するようになってから収入が激増したので、多少の贅沢は十分に可能である。

 露店を眺めるビビは興味津々といった様子で言う。


「いっぱい人がいるね」


「時間帯もあるだろうな。うかうかしていると買いそびれそうだ」


「急がないと」


 ビビが俺の手を引っ張って先導する。

 なかなか張り切っている。

 その姿に苦笑しつつ、俺はビビに要望を尋ねた。


「何か欲しいものはあるか」


「鶏肉がいいな」


「分かった。多めに買っておこう」


「やった」


 色々と買い物をしているうちに、たまたま冒険者ギルドの前を通りかかった。

 今日も戦士や魔術師が出入りしている。

 酒場も昼間から盛況らしく、酔っ払いの笑い声が外まで聞こえていた。


 そのまま通り過ぎようとした時、職員がギルドから出てくる。

 彼女は俺達を見ると、口元に手を当てて嫌な笑いを浮かべた。


「おやおや。昨日あれだけ特訓で絞られたのに、夜にも二人で絞り合ったんすか。お盛んですねぇ」


「余計なお世話だ」


「すごくよかったよ」


「ビビ」


 相棒の不必要な感想を叱りつつ、俺は職員の服装に注目する。

 いつもの制服ではなく、旅装束を着込んでいる。

 魔術を仕込んだ青紫色のケープがよく似合っていた。

 たぶん雷属性と噛み合うように工夫されているのだろう。

 そんな職員に尋ねる。


「どこかへ行くのか」


「出張っす。よそのギルドが人手不足らしいので、その業務補助っすね。あとついでに雷竜を倒してきます」


 職員はあっさりと言う。

 その口ぶりとは裏腹に、聞き逃がせない単語が混ざっていた。

 俺は周りを気にしながら指摘する。


「雷竜の討伐はついでの用事ではないだろう……それに魔術師として活動するのは嫌なんじゃなかったのか」


「お金に釣られちゃいましたね。特別報酬が良かったんすよ。ギルドマスターと交渉したら、数十日分の有給休暇も貰えることになりましたし、これはやるしかないと思いました」


 職員は世間話のように語る。

 明らかに普通とは違う待遇だと思うのだが、本人からすればいつものことみたいだ。

 俺は声量を落としてさらに反論する。


「相手は竜なんだぞ。死ぬ可能性がある」


「分かってますよ。別に油断はしてません。ただ、雷撃なら魔術で無効化できますし、竜は殺し慣れてるんで平気っす」


「竜を……殺し、慣れている……?」


 予想外の答えを受けて、さすがに言葉に詰まった。

 この瞬間、目の前の職員が一般常識から逸脱した存在であることを確信する。

 彼女は不敵な笑みを湛えて、そっと俺の耳元で囁いた。


「世界は広いです。真の実力を隠した魔女がギルド職員をやってても不思議じゃないっすよ。まあ、上層部の間では周知の事実ですけど」


「……竜を殺せる術者ということは、属性検査の結果も嘘だったんだな?」


「そうっすね、かなり手加減してました。まあ、雷属性が得意なのは本当っすよ。試してみましょうか?」


「やめておく。こんなところで死にたくない」


「ふふ、賢明な判断っす」


 俺から離れた職員は愉快そうに笑う。

 彼女とはそれなりの付き合いになるが、まさかこのような一面があるとは思わなかった。

 雷属性の魔術師という部分さえ、秘密の一端に過ぎなかったというわけだ。

 俺は自らが平凡な人間であることを改めて実感した。

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