第17話 魔術触媒を買ってみた
職員は水晶を前に考え込む。
彼女は俺達を見ると、腰に手を当てて質問してきた。
「風属性と全属性っすか……面白い結果になりましたね。魔術書は買ったんすか?」
「基礎の部分は揃えてある。古書店で選んでもらった」
「ああ、あのお爺さんの店っすね。それなら信頼できます。気に入った人には最適な書物を用意してくれるんすよ、あそこ」
古書店を知っていたらしい。
この街で暮らす魔術師の中では有名なのかもしれない。
普段の職員はその才能を隠しているが、書物の選定について知っていることから、たまに利用しているようだ。
深く語ろうとしないものの、彼女はかなりの実力を持っている。
休日なんかは魔術の鍛練を行っているのだろうか。
(真面目に修行している姿が想像できないな……)
どうしてもいつもの勤務態度の印象が強い。
この職員は有能だが、色々と残念な部分が多いのだ。
空気を読めないというより、あえて読んでいない節がある。
だから余計に厄介なのだった。
そんな職員が部屋の扉を開いて俺達に尋ねる。
「検査はこれで終わりっすけど、どうします?」
「ギルドの武具屋で属性に合った触媒を買う。まずは初級の魔術を使えるようになりたい」
「いいっすね。最初は安物の触媒で大丈夫っすよ。慣れてきたら相応の物に買い替えるでしょうし。お二人とも戦士職なんで、指輪とか腕輪とかがネックレス型の触媒が無難っすね。最終的には武器とか防具の触媒が最適っす」
職員は流暢に語って説明してくれた。
魔術のことになって喋りたくなったのだろうか。
実に的確で役に立つ助言である。
彼女は制服の裏から折り畳み式のナイフを取り出して見せる。
刃の先端が緩く湾曲し、柄に黄色い玉が埋め込まれていた。
俺はその造形を観察して指摘する。
「雷属性のナイフか」
「そうっす。普通に武器として使えますし、魔術の補助具にもなります。雷撃を纏わせた斬撃なんかも繰り出せますし、結構便利っすね」
「買うにしても高価だろう」
「まあ、性能的に適正価格っすよ。お二人なら迷宮の稼ぎで簡単に買えるでしょう。全属性の触媒は稀少なので、見つけるのはちょっと難しいかもしれないっすけど」
確かに剣が補助具の役割を果たしてくれるのは良い。
荷物が増えず、いちいち持ち替える手間もなく魔術を発動できる。
まあ、価格的にも技量的にも手を出すのは先の話だろう。
彼女の言う通り、最終的な目標に据え置くのが一番だと思う。
俺は財布から出した検査の手数料を職員に手渡した。
そしてここまでの礼を言う。
「色々と助かった。また何かあったら教えてほしい」
「食事を奢ってくれるなら請け負いますよ」
職員が片目を閉じて笑う。
すかさずビビが俺達の間に割って入ってきた。
彼女はむっとした顔で職員に忠告する。
「私も一緒に行くからね」
「ちぇっ、二人きりのデートはだめっすか」
「禁止」
よく分からないやり取りを済ませて、俺達は職員と別れた。
その足で同じ建物内の武具屋を目指す。
途中で俺はビビに言う。
「あいつに嫉妬することはないんじゃないか」
「油断は禁物」
「さすがに違うだろ」
「ご主人は好かれやすいから」
「そうか……?」
職員は俺をからかって遊んでいるだけだ。
別に本気で好かれているわけではない。
ビビは俺を誰かに取られたくないという想いが強くて、そういった部分で敏感になっているのだろう。
話している間に武具屋に到着した。
魔術触媒についてドワーフの店主に相談すると、親身になって対応してくれた。
所持金の事情も含めて選んでもらう。
俺は黒い宝石がはめ込まれた指輪を買うことになった。
なんと全属性の補助具になるらしい。
職員は稀少だと言っていたが、武具屋では売られていたのだ。
店主曰く、誰も買わないらしい。
全属性の魔術師なんて滅多にいないから当然だろう。
価格的にも自分の属性のみに符合した触媒の方が安上がりなのだ。
売れ残るのも納得である。
指輪はかなり高価なので、貯蓄がまたもや無くなってしまった。
けれども後悔はしていない。
必要経費である。
この指輪さえあれば、他の触媒を買う必要性もない。
総合的に考えれば得をしたと思う。
店主も嬉しそうだった。
ずっと使い手がいなかった骨董品らしく、必要な冒険者と巡り会ってほしかったという。
こうして俺が見つけたのも何かの縁だ。
大切に使うつもりである。
ビビは金属製の腕輪を購入した。
腕側に術式が刻まれた代物で、風属性の補助具として機能してくれる。
安価な上、初級から中級の魔術に対応しているそうだ。
入門の触媒なので性能的に物足りなくなってくるらしいが、魔術を基礎から学ぶには最適とのことであった。
まさしく求めていた要望に沿っている。
俺達は店主に感謝しながらギルドを出た。
宿への帰り道、ビビが顔を曇らせて頭を下げてくる。
「ご主人、ごめん」
「いきなり何だ」
「魔力の実のこと。ご主人が食べるべきだった。全属性が使えて魔力が増えたら、とても強い」
どうやらビビは属性検査の時から気にしていたらしい。
確かに風属性のみと全属性なら、後者の方が魔術師に向いていると解釈できる。
彼女の悩みはよく分かる。
その上で俺はビビの頭に手を置いた。
「気にしなくていい。俺には既にたくさんの手札がある。ここに大量の魔術が加わっても、存分に活かすことができない。専門の魔術師になるつもりもないしな」
「…………」
「ビビの強さは、魔術を加えることで飛躍的に向上する。伸び幅で言えば俺の数倍は下らないだろう。だからこれでよかったんだ」
そもそも俺が魔力の実を食べたところで、ビビほどの効果があったかは不明だ。
彼女だからこそ劇的に魔力量が増えたのだ。
俺が食べても大した影響がなかった可能性は否めない。
実際問題、全属性の魔術を自在に扱えたとしても、俺がその強みを十全に発揮するのは不可能に近かった。
一属性だけでも持て余す自信があるのだ。
残る寿命を費やしても一人前の魔術師になれるか怪しいところである。
今くらいの制限があるのがちょうどいいと思っている。
俺は立ち止まってビビの目を見る。
それから頭を撫でながら告げた。
「もし罪悪感が消えないのなら、これからの結果で返してくれ。いいな?」
「――うん、わかった」
ビビは固い決意を以て答える。
それから俺の頬にそっと口づけをした。
翌日から俺とビビは魔術の勉強にさらに没頭した。
補助具を使った鍛練も交えて進めていく。
属性が判明したことで、ビビの方向性は定まった。
風属性は扱いやすい術が多い。
単純な遠距離攻撃の他に、身体強化に応用して使い手の速度を劇的に上げることができるのだ。
獣人族のビビは、素の状態で凄まじい身体能力を持つ。
風属性の迅速性が加われば、もはや敵無しだろう。
彼女は自分が魔力の実を使ったことを後悔していたが、やはり俺としては大正解だった。
冒険者活動において、手札は何枚か持っておくべきだ。
やりすぎて器用貧乏になるのは良くないものの、ビビには魔術が必須だったと思う。
彼女の戦闘能力は俺を遥かに凌駕するが、対応力に欠ける一面があった。
現状はさほど苦戦することがない。
しかし、迷宮の魔物は悪辣な種族が多い。
優れた身体能力だけで対抗できる場面は少なくなってくる。
いずれ限界が訪れるだろう。
魔術を習得すれば、そういった問題が解決する。
常に選択肢が豊富にあり、その分だけ生存の確率が上がるためだ。
特技を一点に絞って鍛え続ける手法も否定はしないものの、俺は安全策を優先する主義である。
ビビには多彩な戦い方を学んでほしいと考えていた。
(まあ、俺は自分の心配もしないといけないんだけどな……)
指輪と魔術書を弄りながら、我が身のことを考える。
理論上、どんな人間でもすべての属性を習得することができるらしい。
ただし難度が大きく変わってくる。
そのためまずは得意な属性を集中的に学ぶのが妥当なのだそうだ。
魔術、術師、触媒の属性を揃えると精度や威力が上がり、消費魔力が軽減される。
習得のしさすさもあって、まさに良いこと尽くめだった。
したがって見習いの魔術師ほど積極的に他属性を学ぶ必要はない。
俺の場合、術の難度が適性に左右されない。
自由に選べる利点がある一方で、魔力量が少ないので中級以上の術は使えない。
本来の魔術師にはない悩み方を抱えている状態だ。
もっとも、答えはもう出ている。
これからすべての属性の初級魔術を覚えればいい。
それが俺の適性の活かし方だ。
元より魔術に頼った立ち回りは望んでいなかった。
局所的に役立ってくれれば満足である。
限界がはっきりとしている以上、育成面で迷うこともない。
全属性なのは予想外だったが、器用貧乏の俺には似合っていると思った。
それから俺達は十日ほど勉強を続ける。
結果、互いに簡単な魔術を習得するまでに至り、成果を迷宮で試してみることになった。
ちょうど生活費が危なくなってきたところだったのだ。
全属性の指輪が本当に高かった。
別にぼったくられたわけではないが、中堅冒険者の財布を苦しめるには十分すぎる価値なのである。
「今日もいっぱい稼ごうね」
「魔術を試すのが最優先だけどな」
「うん」
俺達は身支度を進めていく。
宿に引きこもっていたが、身体は実に健康だ。
暇さえあればビビから求められたので、むしろ寝不足な最大の敵かもしれない。
まあ、さすがに前日はしっかり寝たので問題ないと思いたい。
俺達は意気揚々と宿を出発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます