第18話 修行の成果を試してみた
俺とビビは迷宮へと踏み込む。
気軽に魔術を試したいため、浅い階層を中心に探索することにした。
稼ぎは減るものの、それは後回しでいい。
ビビと協力すれば一日でしばらくの生活費は確保できる。
まずは鍛錬の成果を確認しよう。
現在は草原の階層を進んでいる。
ここは真昼のように明るく、とにかく広い。
死角が少ないため、魔物の接近を察知しやすいのが利点だろう。
裏を返せば、冒険者から不意打ちを仕掛けるのも難しい。
正々堂々と戦うための階層であった。
ビビが少し先を歩く。
まずは彼女から魔術を試すのだ。
二人同時だと結果が分かりづらい上、思わぬ問題が発生する恐れがある。
客観的に観察することで、改善点が見つかるかもしれない。
そういった理由があり、別々で魔術を使うことになった。
ほどなくして木陰で休む二体のゴブリンを発見した。
それぞれ石のナイフと木の槍を持っている。
武器が粗末なのは明らかで、種族的にも弱い。
いつもの俺達なら瞬殺できるだろう。
たとえ魔術が失敗しても対処が簡単なのでちょうどよかった。
ビビは深呼吸と共に肩の力を抜く。
それから振り返って俺を見た。
「行ってくるね」
「ああ、期待している」
「うん」
ビビはまっすぐ歩いていく。
間もなく彼女に気付いた二体のゴブリンが騒ぎ始めた。
武器を構えて対抗しようとするも、何もかもが遅い。
もしもビビが本気なら、とっくに死んでいる頃だろう。
ビビの後ろ姿は落ち着き払っている。
精神を集中させて術の行使を試みているようだ。
本職の魔術師と異なり、まだ見習いの俺達はここで時間がかかりやすい。
実力が拮抗する相手との戦いだと、致命的な隙になるだろう。
だから格下の魔物で練習するのである。
立ち止まったビビは両腕を前に突き出した。
すると前方に向かって空間の歪みが射出される。
その歪みは正確に言えば風の刃だった。
込められた魔力で歪んでいるように見えただけだ。
ちなみに魔力を認識できるようになったのは鍛練の副産物である。
風の刃はナイフを持つゴブリンに命中した。
胸から肩にかけて皮膚が裂けて血が噴き上がる。
ゴブリンは痛がって喚くも、致命傷には至っていないようだ。
単に運が良かったというより、風の刃の威力不足である。
発動直後はかなりの勢いがあったから、距離による威力減衰が激しいのだろう。
負傷した仲間を見て、槍持ちのゴブリンが駆け出す。
このまま間合いを詰めて倒す算段らしい。
あまりにも無謀な作戦だが、それしか選択肢がないにも事実だ。
ゴブリンに高度な行動を要求する方が間違っている。
迫るゴブリンを前にしても、ビビは決して慌てない。
心の乱れが魔術の精度を落とすことを知っているからだ。
魔術の勉強の中には、精神部分の修行も含まれていた。
どの術を扱うにしても必須の技能だからだろう。
槍持ちのゴブリンがビビを間合いに捉える寸前、彼女を中心に風が発生した。
そしてビビの身体が地面から浮かぶ。
ゴブリンは驚いて急停止すると、警戒気味に槍を構えた。
無闇に突っ込んで返り討ちに遭うことを避ける気のようだ。
意外と頭が良い個体らしい。
しかし、ビビを出し抜けるほどではなかった。
彼女の才能はゴブリン程度が凌駕できるものではない。
浮遊するビビは風に乗って加速した。
低空飛行で槍持ちのゴブリンの頭上を越えると、負傷した個体の前に着地する。
そこから反応を許さずに剣で心臓を貫く。
ナイフ持ちのゴブリンは断末魔すら上げられずに絶命した。
剣を引き抜くビビのもとに槍持ちのゴブリンが攻撃を仕掛ける。
ビビはその場から動かない。
身体能力に任せた回避はせず、魔術で対処する気らしい。
ビビの魔力が剣へと注がれていく。
刃が風を纏って涼やかな音を鳴らし始めた。
目を凝らすと、風の魔力が刃を延長するように形成されているのが分かる。
触れればたちまち切り裂かれるだろう。
ビビが使ったのは属性付与だ。
中級の魔術だが、彼女は既に習得済みである。
最初は発動率が不安定だったものの、現在では自在に扱えるまでに至っていた。
彼女の主力とも言える術になっている。
ゴブリンとは少し距離があるまま、ビビは掲げた剣を振るった。
本来なら届かない斬撃が風魔術となり、刺突を試みようとしたゴブリンの胴体を切断する。
上下に分離したゴブリンは臓腑を撒き散らしながら地面に激突した。
黄色く濁った目でビビを睨んで静かに息絶える。
ビビは周囲の安全を確かめてから剣を鞘に戻した。
消耗はほとんどなく、魔力的にも十分すぎるほどに余裕がある。
彼女は俺を見て嬉しそうに笑った。
文句の付けどころのない成果に、俺まで舞い上がってしまいそうだった。
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