第14話 魔術書を買ってみた
店主の素性を想像していると、いきなり目が合った。
彼は本質を射抜くような視線で俺を観察する。
そこに怒りや疑心といった感情はない。
純粋な興味と関心だけが剥き出しになっていた。
だからこそ俺は動けなくなる。
恐怖とは違い何かで息が詰まっていた。
やがて店主がその力強い視線を止める。
呼吸を整えていると、気さくに話しかけられた。
「君は付き添いかね」
「そうだ。魔術は使えない」
俺は素直に告げる。
店主は無言で顎を撫でた後、低い声で笑った。
「面白いな。突出した才能はないが、なかなか器用なことをしている。決して英雄にはなれないが、英雄が君になることもできない」
「ただの器用貧乏だろう」
「そう卑下するんじゃない。君のように腐らず努力できる人間は珍しいのだから、誇ってもいいと思うよ。君を超える才能を持つ者でも、堕落して道を外れていくことは少なくない」
店主は優しい声音で述べる。
やけに評価してくれるが、一体何が琴線に触れたのだろうか。
俺のことを器用と言ったので、観察によって戦い方を見抜いたらしい。
もっとも、今の外見からそこまで把握するのは不可能に近い。
専用の魔術で解析したのだと思われる。
何をされたのかまったく分からなかった。
このやり取りだけで店主の技量の高さを思い知った気分である。
店主がおもむろに俺の手を掴んだ。
そして、真剣な顔で言う。
「……工夫の次第によっては、小手先の術くらいは使えそうだ。興味があればまた言いなさい」
「俺に魔術師の適性があるのか」
「魔力が少ないから本職には劣るがね。ちょっとした魔術くらいは習得できるだろう。そこまで驚くことかね」
店主は不思議そうに言う。
当然のごとく俺は反論させてもらった。
「俺の魔力量では使えないと思っていた」
「そう簡単に諦めるものでもない。魔術には無限の可能性が秘匿されている。僅かな力を大きな結果へと変換することもできるのだ。君がそれをできない理由がない」
店主は言い聞かせるように語る。
そこまで熱弁されると、本当にそうではないかと信じてしまう。
いや、この信じる力こそが魔術の源なのだろう。
術式や理論、魔力量の他にも、行使する者の意志が重要だと聞いたことがある。
過程をすべて飛ばして、意志だけで魔術を成立させる流派も存在するらしい。
だから店主の主張は、あながち間違いではないのだと思う。
(補助的な用途なら、習得するのもいいかもしれない)
魔術は不要だと決め込んでいたが、今の状態で習得できるのなら話は別だ。
主軸に置くのではなく、手段の一つに留める場合は歓迎である。
極端な話、一種類だけでも魔術が使えれば儲けものだった。
持て余した魔力の使い道としては上々と言えよう。
やり取りを見ていたビビが俺の腕にしがみ付く。
彼女は上目遣いで嬉しそうに尋ねてきた。
「ご主人も魔術の勉強する?」
「そうだな。せっかくだし一緒に頑張るか」
「うん」
魔力の実は食べなかったが、魔術の必要性については前言撤回しよう。
ビビだけに勉強を強いるのも違う。
せっかくなら二人で努力すればいいではないか。
積極性も変わってくるはずだ。
俺は用意された書物をまとめて鞄に押し込むと、財布を取り出して店主に尋ねる。
「代金はいくらだ」
「金貨五枚。今すぐに払えそうになければ後日でもいいが」
「いや、一括で問題ない」
俺は提示された額をそのまま渡す。
店主が感心した様子で声を洩らした。
「随分と稼いでいるじゃないか」
「彼女のおかげで迷宮の探索域が広がったんだ」
俺はビビの頭に手を置く。
彼女は小動物のように頭を振って押し付けてきた。
店主は愉快そうに笑って俺達に告げる。
「魔術師になれば、さらに活動の幅が広がるだろう。期待するといい」
「うん。たのしみ」
少し話をしてから俺達は古書店を出た。
宿への帰路を辿る中、ビビが俺に話しかけてくる。
「優しい人だったね」
「最初はどうなるかと思ったがな」
「うん」
鑑定術師の紹介なので悪人ではないと思ってはいたが、本来の人の良さに安心したのは事実である。
最初の態度は、俺達を気遣ってのことだろう。
きっと半端な覚悟の者には魔術を習得させないようにしているのだ。
その方が幸せだからである。
堕落した魔術師が碌な目に遭わないのは、様々な逸話が物語っていた。
宿に戻った俺達は、買ったばかりの魔術書を読み始める。
二人でベッドに寝転がりながらページをめくっていく。
基礎に位置付けられる書物なので分かりやすいが、それでも難解な部分が散見される。
油断すると居眠りしてしまいそうだ。
ビビも頬杖をついてぼやく。
「難しいね」
「一目で理解できるなら苦労はしないだろうな」
「確かに」
それでも俺達はなんとか堪えて読み進める。
一冊目を読破した時には外がすっかり暗くなっていた。
日没に気付かないほど集中していたらしい。
おかげで魔術の知識も多少は増えた。
既存の経験も合わさり、さらに理解が深まっていた。
もっとも、魔術行使には程遠い段階である。
しばらくは座学が続くだろう。
憶えた用語を唱えていると、ビビが俺を引っ張った。
彼女は耳元で吐息を出しながら、首に腕を回してくる。
「ねぇ、ご主人」
「何だ」
「しようよ」
ビビの目が蕩けていた。
いつもとは違う妖艶な気配を見せている。
俺は情欲を刺激されつつも訊く。
「疲れていないのか?」
「頭はたくさん使った。今度は身体の番」
「なるほどな」
素早く納得した俺はビビに覆い被さると、彼女の服を剥ぎ取る。
その後、俺達は明け方まで愛を深めたのであった。
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