第13話 古書店に行ってみた

 俺達はギルドの受付で蟻の甲殻を売却する。

 ちょうど納品依頼に含まれていたので、報酬も追加されて悪くない額になった。

 やや手強い魔物だが、稼ぎの面では効率が良い。

 砂漠の階層に行くことがあれば、積極的に狩るべきかもしれない。


 売却後、武具屋で中古の杖を買おうか迷ったがやめておく。

 さすがにまだ早いだろう。

 基礎知識すら学んでいない段階だ。

 杖の相性もあるし、焦って変な失敗したくない。

 手間を惜しまず、必要になった時に買うべきである。


 それからギルドを出て古書店を目指した。

 資金は十分にある。

 それなりの高価な書物も買えるはずだ。

 基礎知識を学ぶだけなので、大した出費にはならないと思う。

 もし足りなければ、また迷宮で稼ぐだけだ。


 道中で俺はビビに質問をする。


「魔術に関する知識はあるか」


「全然ないよ。基本の属性くらい」


「俺もそんな感じだ」


 最低限の知識は持ち合わせているものの、決して誇れるほどではない。

 本職の魔術師からすれば、鼻で笑うようなものだろう。

 胸中で自嘲する俺は、そこで今更ながら重要なことを訊いていなかったことを思い出す。


「そういえば読み書きはできるのか」


「前のご主人に習った」


 ビビの答えに安堵する。

 読み書きから覚えるとなると、余計に大変だったところだ。

 奴隷商は幅広く教育を施しているらしい。

 どの用途でも困らないようにしているようだ。


 古書店に向かうビビの足取りは軽かった。

 表情は豊かではないが、いつもよりも分かりやすい。


「勉強するのたのしみ」


「良いことだ。そこで躓く人間も多いらしいからな」


「そうなの?」


「最初は座学続きだ。すぐに魔術を使えるわけじゃない。退屈して諦める奴は珍しくないだろう」


 冒険者の中には、なりそこないの魔術師がいる。

 真っ当な修行法に飽きて、独学による鍛練に進んだ者達のことだ。

 だいたいが本来の魔術師に劣る実力で、中途半端な立ち位置となっている。

 学び直そうとしても変な癖が付いてしまい、それを矯正するのが難しいのだという。


 中には魔術理論を超越して固有の能力に目覚めた者もいるらしいが、そんな者はごく一部の天才である。

 勘定に入れるべきではないだろう。

 なりそこないは魔術師の劣化版というのが一般認識だった。


 ほどなくして古書店に到着した。

 意識して探さなければ目を留めないほど地味な外観である。

 薄暗い店内には本棚が並んでいる。

 俺達は顔を見合わせてから踏み込んだ。

 奥にいた初老の店主が、じろりと視線を向けてくる。


「いらっしゃい」


「紹介状を渡されたんだがこの店で合っているか」


「……ほう」


 店主は眼鏡をかけて歩み寄って来ると、俺の手から紹介状を取った。

 その中身を読んで意外そうな声を洩らす。


「あの鑑定婆か。よく気に入られたな」


「長い付き合いなんだ」


「そうか」


 店主はそっけなく応じると、次にビビを見下ろした。

 彼は目を細めて尋ねる。


「そっちのお嬢さんが魔術師希望か」


「うん」


「名前は?」


「ビビ」


「そうか。魔術を学ぶのは大変だが覚悟はできているか」


「うん。早くご主人の役に立ちたい」


 ビビはそう言うが、もう既に十分すぎるほど活躍してくれていた。

 尚も向上心を持っているのは素直に嬉しい。


 店主は何事かを唸りながら本棚を漁り、埃を被った数冊の書物を机に置いた。

 彼は鋭い目付きを以てビビに告げる。


「まずはこれを暗唱できるようになるほど読み込め。魔術師は知識が物を言う。特に基礎は重要だ」


「全部?」


「そうだ。どうした、今になって怖気づいたか」


「大丈夫。がんばれる」


 ビビは強い意志で応えて視線を返す。

 室内に静寂が訪れる。

 硬い雰囲気だった店主だが、唐突に表情を崩した。

 彼は少し笑ってビビの頭を撫でる。


「ふむ。本物の覚悟だな。君は素晴らしい魔術師になれるだろう」


「ありがとう」


「いやいや、試すような真似をして悪かったね。鑑定婆の紹介とは言え、その人柄を見極めておきたかったんだ。彼女の気に入られたのも納得だったよ」


 店主は饒舌に語る。

 その姿からは、先ほどまでの寡黙で偏屈な風格が消え去っていた。

 現在は愛想が良く、話しやすそうな老人といった佇まいである。

 一方で彼の目に宿る理知的な光は深みを増していた。


 この店主は魔術師だ。

 それも強大な力を持っている。

 俺は直感で理解した。

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