第12話 新たな才能を開花させてみた

 手数料を受け取った鑑定術師は、さっそく木の実を調べてくれた。

 専用の道具を使ってじっくりと解析を進めていく。

 やがて顔を上げた彼女は木の実を俺に返しながら言った。


「これは魔力の実やなぁ。食ったら体内の魔力量が上がるで。しかも恒久的にな」


「上がるのはどの程度だ」


「せやなぁ……本人の適性にもよるけど、誰でも魔術師なれるくらいやね」


「とんでもない効力じゃないか」


「そりゃ神代の植物やからねぇ。人間の造りくらい簡単に変えるよ」


 思ったよりも凄まじい結果が出た。

 魔力の実については噂で聞いたことがある。

 なんでも大規模な競売などで目玉商品になるような代物らしい。

 魔術師の名家などは、子供の頃からこれを食べているそうだ。


 それをまさか自分が入手することになるとは思わなかった。

 さほど深くもない階層にあったので、ちょっとした薬草と同等のものかと考えていたのである。

 やはり推測などは当てにならない。

 ちっぽけな木の実を眺めていると、鑑定術師が試すような視線で俺に尋ねる。


「どうする? 売ったら結構な額になるで。現代じゃ栽培できない上、迷宮からしか手に入らんから希少価値が高いんよ」


「少し考えさせてくれ」


 さすがにこれは即決できない。

 俺は隣で成り行きを見ていたビビに相談する。


「どうする。これを食べれば魔術師になれるそうだ」


「ご主人は魔術師になりたいの?」


「別にそのつもりはないな。補助的に使えれば便利だろうが、俺には他にも道具がある。ここに魔術を加えても、上手く使いこなせる気がしない」


 平凡な実力しか持たない俺は、それを補う手段をいくつも用意している。

 様々な種類の毒はその代表例だろう。

 最近は防壁の指輪も手に入れたり、それ以外にも保険は多い。

 同僚の冒険者から「下手な魔術師よりも多芸」と言われるほどである。


 だから魔術を習得したいとは思わない。

 余計なことをすると、自分の戦い方が崩れるかねなかった。

 長い戦闘経験を持つ人間ほどその傾向にある。

 逆に言えば、発展途上で成長盛りな者にとって、選択肢が増えるのは悪いことではなかった。


 俺は握った木の実をビビに差し出す。

 そして彼女の意思を確認した。


「ビビは魔術を使えるようになりたいか? もし興味があれば、この実を食べてほしい」


「貴重なのにいいの?」


「金はいくらでも稼げるが、魔術師になれる機会はそう巡ってこない。遠慮はしなくていいから本音で答えてくれ」


 俺は正直な気持ちを伝える。

 ビビはうつむいて悩む。

 これは大きな決断だ。

 すぐに答えが出せないのは当然である。

 難しい選択を俺が強いているのだから、いくらでも熟考してほしい。


 長い沈黙を経てビビが顔を上げた。

 その双眸から葛藤は消えていた。

 彼女は俺を見て答えを述べる。


「たくさん勉強する。だから、魔術師になりたい」


「よし、分かった」


 俺は頷いて木の実をビビに託す。

 それから鑑定術師に念押しをした。


「鑑定結果に間違いはないな? 本当に食っても大丈夫か?」


「誰を疑ってるんや。心配せんでええよ」


 別に本気で疑ったわけではない。

 今回は自己責任で済む話ではなく、ビビの肉体に関わってくる。

 それで少し不安になっただけだった。


 ビビは慎重に木の実を口に運ぶ。

 何度か咀嚼してから、意を決して飲み込んだ。

 いつも澄まし顔なのに、今は苦い表情を隠そうとしない。


 俺はすぐさま手持ちの水を渡した。

 ビビはそれを一気に飲み干す。

 表情からして、木の実の味は良くないらしい。


 俺はビビの姿を観察する。

 これといって気になる部分はない。

 魔力が増えているはずだが、感知できない俺にはよく分からなかった。


「どうだ。何か変化はあるか」


「わかんない」


 ビビも困惑している。

 体感的に理解できるものではないのか。

 それとも即効性がないのか。

 反応に迷っていると、鑑定術師が満足そうに言う。


「ちゃんと増えとるで。元の魔力量と比較すると、だいたい二十倍やな」


「それはすごいな」


「ビビちゃんに適性があったんやろ。鍛練次第でさらに伸びるやろうし、立派な魔術師になれるわ」


 鑑定術師は淡々と意見を述べる。

 俺ではなくビビが木の実を食べたのは正解だったようだ。

 まさかそこまでの効果が出るとは予想外である。


 元の魔力量が少なくても、二十倍になれば話が変わってくる。

 初級や中級の魔術くらいなら難なく使えるのではないか。

 ビビも驚いた様子で自分の手を見つめている。

 まだ実感が湧かないのだろう。

 俺だって同じ立場なら似た反応になると思う。


 鑑定術師が何かを書いて俺に手渡してくる。

 それは赤い蝋で封をされた書簡だった。

 彼女は眠たげな目のまま説明する。


「ほれ、紹介状。近所の古書店で見せたら割引してくれるはずや。勉強するんなら本が必要やからね。大変やけど頑張りや」


「何から何まですまないな」


「ありがとう」


「うんうん。ビビちゃんは本当にええ娘やね。これあげるわ」


 笑みを見せた鑑定術師がビビに紙包みを渡す。

 中には蜜の飴がいくつも入っていた。

 確か鑑定術師の好物だったはずだ。

 それなりに高級品なので、まさかくれるとは思わなかった。

 よほどビビのことを気に入ったらしい。

 対応の仕方が孫娘に対するそれであった。


 鑑定術師は椅子に座り直すと、気楽な感じで手を振る。


「何か困ったらおいで。相談くらいは無料で乗ったるわ」


「助かる」


「あんたやなくてビビちゃんのためやけどね。まあ、応援したるわ」


 そんな言葉を貰いながら、俺達は部屋を出る。

 ビビは蜜の飴を口の中で転がしてご満悦だ。

 まあ、美味いのは知っている。

 俺もたまに貰うことがあるからだ。


 何はともあれ、ビビは魔術師としての道を開拓した。

 せっかくの才能を腐らせるのはもったいない。

 ちょうど資金があることだし、必要な道具を揃えようと思う。


 まずは鑑定術師に紹介された古書店だ。

 魔術を扱うにあたって、基礎知識は必須だろう。

 生憎と俺は専門外なので教えられない。

 冒険者なので知識がないわけではないものの、それらは書物で習ったものではなかった。

 やはり最初はきちんと勉強すべきだろう。

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