第10話 魔物の解体を教えてみた

 俺は専用のナイフで蟻を解体していく。

 体内に酸を溜める袋があるため、それを破らないように注意を払う。

 刃先が掠めただけで、肉や甲殻が溶けて駄目になるのだ。

 せっかくの解体が無駄になってしまう。


 とは言え、酸袋にも良い点はある。

 中身を瓶に注いで投げ付ければ武器になる。

 調合すればさらに強力になり、生命力の高い魔物を一発で殺す劇薬に早変わりだ。

 まあ、そこまでいくと危険すぎて持ち歩きたくない。

 鞄の中で瓶が割れると命に関わる。

 何にしても蟻の酸は使い方次第で戦闘にも役立てられるのだ。


 俺は一匹分の蟻を解体し終えた。

 剥がした甲殻を布に包んで紐で縛ってまとめる。

 ギルドがそれなりの価格で買い取ってくれるだろう。

 一部は今の装備の補強に使ってもいい。


 蟻の甲殻を使った防具は安価な割に性能が良いため、金に困った冒険者が購入する姿を見かける。

 俺も新人の頃は、全身を蟻装備で揃えていた時期があった。

 外見の醜さを度外視すれば、様々な環境に対応できる便利な装備だった。

 あと、他の冒険者から魔物と見間違えられるのが問題だったな。

 甲殻が主材の防具を着ることはもう無いと思う。


 蟻の肉も少量だけ鞄に入れておく。

 正直、食えたものではないが、臭いが強いので魔物をおびき寄せるのに有効なのだ。

 腐らせれば毒にもなる。

 最悪の場合は非常食にもなるものの、なるべくそんな事態は避けたい。

 餓死状態で蟻肉を食べた時、あまりの不味さに何度も吐いた。

 人肉の方がまだ美味いのではないかと疑っている。


 二体目の解体に移ろうとした時、黙って見守っていたビビが俺の肩に手を置いた。

 彼女はやる気に満ちた顔で言う。


「剥ぎ取り方、教えて」


「やってみたいのか」


「もっとご主人の役に立ちたい」


「それは嬉しいな」


 雑用を押し付ける気はないが、本人が率先してやってくれるのはありがたい。

 色々と技能を覚えるだけで食い扶持に困りにくくなる。

 ビビはかなり器用だし、解体くらいすぐに習得できるだろう。


 さっそく俺はビビに解体の手順を教える。

 基本的にはざっくりで大丈夫だ。

 今回の蟻に関しては、酸袋を破かないように気を付けるだけでいい。


 当然ながら魔物ごとに手順が異なるため、解体には豊富な知識が必要だ。

 その辺りの処置が面倒だから、死体を放置する冒険者も多い。

 解体するとしても、簡単な部分だけに留めておく場合がほとんどであった。


 ビビは集中してナイフを動かす。

 途中で何度か苦戦しつつも、無事に蟻の解体に成功した。

 彼女は慎重に酸袋を持ち上げながら微笑む。


「できた」


「器用だな。初めてだとは思えない」


「がんばった」


 ビビは嬉しそうに言う。

 せっかく解体してくれたので、甲殻と酸袋はしっかり回収した。

 肉は持ち切れないので置いていく。

 鋭い嗅覚を持つビビは、蟻肉の臭いに顔を顰めていた。

 冗談半分で食べてみるか聞いたが、即答で断られてしまった。

 さすがにそこまで無謀ではないようだ。


 必要な素材を手に入れた俺達は、砂漠の階層を進んでいく。

 新たな蟻が現れる気配はない。

 途中、ビビが俺の指輪を見て述べる。


「その魔道具、便利だね」


「まったくだ。これだけで戦略の幅が大きく広がるぞ」


 俺は指輪を撫でる。

 有用性は察していたが、実際に使ってみると想像以上だった。

 頑丈な防壁は瞬時に展開できるため、咄嗟の守りとして扱いやすい。

 よほどのことがない限り、防壁を突破されることはなさそうだ。

 長時間に渡って連続で攻撃されたら分からないが、瞬間的な防御だけに着目しても優秀すぎる。


 事前に魔力を充填することで、手軽に発動できる点もいい。

 おかげで俺みたいに魔術師の適性を持たない人間でも簡単に使えるのだ。

 日頃からこまめに魔力を注いでおけば、戦闘中に使い切ることもないだろう。


 これをくれた客引きの男には、改めて礼を言わなければいけない。

 高い食事くらいは奢ってやるべきだろう。

 命を守ってくれる道具が増えたのだから、俺としては感謝し切れない状態である。


 砂漠の只中に下り階段を見つけた。

 次の階層への道だ。

 ここはやたらと歩きづらいので助かった。

 俺は階段を進みながらビビに尋ねる。


「まだいけそうか? 疲れがあれば休息を取るが」


「平気」


「よし、じゃあもう少し進むか」


「うん」


 階段を下りた先には一本の通路があった。

 古臭い石造りなので遺跡型の階層だ。

 かなりありふれた雰囲気なのでそこに気になる点はない。


 ただし、前方に宝箱が置かれていた。

 とても不自然な位置にあり、まるで開けてくれと言わんばかりである。

 ビビが不思議そうに指を差した。


「宝箱だよ」


「油断するな。魔物が擬態している可能性がある」


 典型的なのがミミックだ。

 宝箱に擬態し、気を抜いて近付いた冒険者を食い殺すのである。

 蓋の部分にびっしりと牙が生えており、死ぬ時は壮絶な苦痛を伴うらしい。

 死ぬ前に救助されたとしても重傷は確実だった。


 前方の宝箱がミミックなら迂回すべきだろう。

 下手に触れない方がいい。

 しかし、本物の宝箱という可能性がある。


 俺は試しに蟻の甲殻を投げ付けた。

 回転する甲殻が宝箱に当たって音を立てる。

 特に何も起こらない。

 宝箱はその場に鎮座していた。


「反応がない。たぶん魔物ではないな」


「私も攻撃してみる?」


「頼む」


 ビビの素早さなら、ミミックの攻撃を躱すことも可能だろう。

 彼女は慎重に忍び寄ると、剣で宝箱を切り付けた。

 そして瞬時に後退して様子を窺う。


 蓋の部分に切れ目が入った宝箱は、やはり動かなかった。

 もしミミックなら激怒しているはずだ。

 ビビは安堵の息を吐いて結論付ける。


「やっぱり魔物じゃない」


「そのようだな。開けてみるか」


 俺は宝箱に近付くと、罠の有無を確認する。

 それから開錠用の道具で鍵を外し、ゆっくりと蓋部分を開いた。

 中には十数枚の金貨と、青い木の実が入っていた。

 まずは大金に喜ぶべきなのだろうが、俺はそっと木の実を手に取る。

 見たこともない種類だった。

 ビビが木の実を見て呟く。


「それは何?」


「特殊な実だと思うが、ちょっと分からないな。ギルドに戻ったら鑑定してもらおう」


 その後、俺達は探索を止めて帰還した。

 まとまった金が手に入ったのと、木の実の正体が気になったからだ。

 迷宮の宝箱に入っていたのだから、ただの実とは思えない。

 俺達は帰還したその足で冒険者ギルドへと向かった。

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